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蠱毒の後宮妃  作者: 及川 桜
第四章 皇子の女官

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憂いの瞳

「……人間ではなくなるとは、どういう意味だ。そもそも蠱毒とは何なのだ」


 楊胤の問いに、仙霞はわずかも感情を交えず答えた。


「蠱毒とは、呪いそのものです。怪異であり、怨霊と同じ存在でもある。虫や爬虫類、小動物をおびただしい数で一つの器に閉じ込め、互いに食い合わせる。そして最後にただ一匹だけ生き残ったもの──それが蠱です」


 蝋燭の炎がわずかに揺れた。仙霞は淡々と続ける。


「蠱は呪殺の媒介となる。毒のように飲ませることもあれば、眠る人の体内へと忍び込むこともある。方法は様々ですが、いずれも禍々しい邪法に変わりはありません」


 楊胤の眉が寄る。仙霞の声は静かに、なおも続く。


「そして──この術は一歩誤れば術者自身をも滅ぼす。己の身の丈に合わぬ術を施せば、蠱はその報いを術者に払わせるでしょう。呪いは術者自身に宿り、鬼と化すのです」


 部屋の空気が凍りつく。


 仙霞の声音は最後まで平板だったが、真剣に耳を傾けていた楊胤の顔は、次第に血の気を失っていった。


「……では、この猫鬼も怨霊なのか?」


 楊胤が視線を落とすと、猫鬼は文机の下で小さく体を丸め、眠っていた。


「この子は呪いを宿していない。ただの死霊です。けれど──誰かを害せと命じれば、怨霊に変わるでしょう。今のところは、ただの可愛い猫です」


 仙霞があっさりと言い切る一方で、楊胤はあからさまに身を引いた。


どう見ても可愛らしい猫なのに、なぜそこまで怯えるのか。仙霞には理解できなかった。


「……四夫人が怪しいという理由は分かった。正直、俺も同じ考えだ」


「どうしてですか?」


 楊胤は声を落とし、険しい表情で答えた。


「動機を考えれば、他にない。梅昭媛は子を身籠っていた。女官や他の妃嬪から恨まれるような人物ではなかったと聞いている。ならば──梅昭媛を消して得をするのは、四夫人くらいだろう」


 蝋燭の火が小さく揺れる。楊胤は視線を沈めたまま、続ける。


「もちろん、実際に調べてみなければ分からんがな」


「では会いに行きましょう」


仙霞は即答した。


「人となりを知るには、直接会うのが一番です」


 楊胤は一瞬だけ面倒そうな顔を浮かべたが、結局は諦めたように嘆息した。


「……そうだな。四夫人に拝謁する許可を取ろう。ところで──会えば、お前の“予知”とやらは使えるのか?」


「予知は私の意思に関係なく発動します。視たいと思って視られるものではありません」


「なんだ。思っていたほど大したものではないな」


 仙霞はむっとして唇を尖らせる。


たしかに事実だが、正面から言われると妙に癪に障る。


「ははは、怒るな、怒るな」


 楊胤は快活に笑い、幼子をあやすように仙霞の頭を撫でた。次の瞬間──。


 脳裏に、衝撃の映像が流れ込む。


 鮮烈で、現実感を伴った未来の断片。


 仙霞は息を呑み、思わず身を強張らせた。


 ――金糸で龍の刺繍が施された龍袍りゅうほうを纏い、前後二十四旒の冕冠べんかんを被っているのは、睫毛を伏せ憂いの表情を浮かべる楊胤の姿であった。


(そんな……まさか)


 その装束が意味するものを、仙霞は知っている。


 あまりにも重大すぎる未来の断片に、目を見開いたまま硬直した。


「どうした?」


 すぐ傍らから声が降る。


覗き込む楊胤の顔に我に返った時には、映像はもう消えていた。


 けれど──脳裏には焼きついて離れない。


特にあの、憂いを帯びた瞳だけは。


「あ、いえ……なんでもありません」


 仙霞は楊胤の顔がまともに見られず、顔を伏せた。


胸の奥がぎゅっと締めつけられる。


 それは、予知で視た未来の楊胤が、あまりにも悲しげに見えたからだろうか。


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