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蠱毒の後宮妃  作者: 及川 桜
第四章 皇子の女官

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疑惑の妃たち

知っているも何も、仙霞は何も知らない。


昨晩の楊胤と蠱婆の会話だって、途中から飽きて聞き流していたくらいだ。


「何か知っていることはないのか」


「むしろ私が聞きたいくらいです。私は何を探ればいいのでしょう」


 楊胤は眉間に皺を寄せ、説明が面倒で仕方ないといった顔をする。


 ──いや、そんな顔をされても、知らないものはどうしようもない。


 ごほん、と咳払いをひとつ。ようやく楊胤は事案の概要を語り始めた。


 これを解決しなければ華蠱宮には戻れない。仙霞もさすがに真剣に耳を傾けることにした。


「……というわけだ。梅昭媛は本当に呪殺されたのだろうか」


 仙霞は顎に手を当て、一拍考えてから口を開いた。


「遺体は焼かれたのですよね? けれど無数の穴の空いた臓器は残ったと。その焼け残った臓器、拝見することはできますか?」


「おそらく土葬されたはずだ。無理だな」


「無理? なぜですか?」


 楊胤は呆れたように答える。


「俺に墓を暴けと言うのか? 重罪だぞ」


「皇子のご身分なら可能かと」


「俺は皇子だが、母はただの女官で、すでに亡くなっている。後ろ盾もない。こんな事案を押しつけられている時点で、俺がどれほど侮られているか分かるだろう。皇帝に直訴できる立場ではない」


 気づけば楊胤の一人称は『私』から『俺』へと変わっていた。


言いたくもない出自を語ったのも、仙霞の前では偽りの仮面を外しているからだろう。


 昼間「皆がいる前では表面上だけでも取り繕え」と言っていたのだから──二人きりのときは本音を出してもいい、ということなのかもしれない。


 仙霞はそう解釈し、『口にしてはいけないこと』を言ってみることにした。


「でしたら、内々に処理すればよいのです。発覚しなければ処罰されることもありません」


 仙霞は妖艶な笑みを浮かべ、悪魔の囁きのような声を紡ぐ。


 楊胤は驚いたように目を見開き、その場に惹き込まれたように固まった。


 ──あと一押しで折れる。


仙霞はそう確信し、不敵な笑みを浮かべて顔を近づける。


「そ、そのようなこと……!」


 動揺した楊胤は顔を真っ赤に染め、思わず仰け反った。


 ところが次の瞬間、楊胤の顔から血の気が引いたかと思うと、なぜかこちらへと倒れ込んできて、仙霞は仰向けに押し倒される形になった。


 咄嗟のことで何が起きたのか分からない。


気がつけば仙霞は仰向けに倒れ、楊胤が跨るようにして覆いかぶさっているのである。


(……この状況は一体?)


 視線が絡み合ったまま、互いに事態を把握するまで──ほんの瞬きほどの沈黙が流れた。


「す、すまぬ!」


 楊胤は慌てて仙霞から身を離した。


解放された仙霞は、何度もぱちぱちと瞬きをする。


「なにか……柔らかい毛のようなものが手に当たったのだ」


 ──なんだ、そういうことか。


 仙霞は起き上がって周囲を見渡し、文机の下で毛繕いをしている猫鬼の姿を見つけた。


「楊胤様の手に当たったのは、猫鬼かと」


 仙霞の指さす方を見て、ようやく楊胤も猫鬼を確認する。


「猫鬼がいたのか。黒いせいで見えなかった」


 仙霞も猫鬼の存在に気づいていなかった。いつからいたのか分からない。


 乱れたえりを直しながら、楊胤は仙霞の顔を見ずに口早に言った。


「さきほどの続きだが──墓荒らしはせぬ。それより罪人に心当たりはないか? たとえば身内など」


「ああ、それなら罪人は絞れています」


「なに?」


 訝しげな眼差しで仙霞をとらえる楊胤に、仙霞はさらりと言い放つ。


「罪人は──おそらく四夫人の中にいるでしょう」


仙霞の口から告げられたのは、後宮妃の中でも最上位にある名だった。


趙羅国にはいま皇妃はおらず、実質的に後宮を支配するのは、正一品の四夫人──貴妃・淑妃・徳妃・賢妃である。


 楊胤の表情が引き締まり、声を落として問う。


「……なぜ、四夫人だと思う?」


 仙霞は指先で顎を支え、淡々と答えた。


「仮に蠱毒を用いたのだとすれば、上級妃でなければ実行は不可能です。造蠱には必ず条件があり、隠し部屋や庭が必要になります。個人の庭を持てるのは宮を与えられた上級妃だけ。つまり、宮殿を構える四夫人こそ最も怪しい」


「……しかし、それだけでは断じきれまい。正二品の九嬪であっても、工夫しだいでは可能ではないか」


 楊胤の反論に、仙霞は静かに二本の指を立てる。


「理由はもう一つあります」


 張りつめた間を置き、続けた。


「蠱毒の性質上、呪術の矛先は必ず自分より身分の低い相手でなければならない。己より強い相手を呪えば、たとえ熟練者でも自らが命を落とす危険がある。梅昭媛は九嬪──もし九嬪以下の者が呪殺したとすれば、その時点でもう人間ではいられない」


楊胤は息を呑む。


信じがたいという色をその瞳に宿しながら、仙霞を凝視していた。


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