ふたりの出会い
夕暮れの湿地を抜けると、鋼色の屋根瓦をいただく大きな宮殿が見えた。
草むらには、一人の女がしゃがみ込んでいる。
「陀宝林!」
呼ばれた女は立ち上がった。
夕日に照らされた輪郭は、上級妃にも劣らぬ美しさである。
(……蠱師にするには惜しい人材だ)
呼べば近づいてくると思ったが、女は立ったまま動かない。
拱手の礼すらしないとはどういうことだ。
お前の方から来い、という意味なのか。
仕方なく、内侍長と共に女の元へ歩み寄った。
「こちらは皇子の楊胤様だ」
ようやく会話できる距離に達し、内侍長が紹介する。
楊胤はやわらかな笑みを浮かべ、陀宝林を見下ろした。
「……ああ、そうですか」
興味なさげな返事に、楊胤のこめかみがぴくりと動く。
(こやつは……)
皇子と紹介されても礼ひとつしないとは、無礼にもほどがある。
だが内侍長から「変わり者」と聞いていたことを思い出し、怒りを飲み込んだ。
努めて穏やかに口を開く。
「蠱婆に取り次ぎをお願いしたいのだが」
「なんの用ですか?」
「それは蠱婆に会ってから言う。二度手間になるからな」
「面倒くさいですが、いいですよ」
(面倒くさい、だと⁉︎)
楊胤は思わず口を開けたまま固まった。
「こら、陀宝林! 皇子様になんたる無礼な物言いだ!」
内侍長が慌てて叱りつける。
楊胤は多少苛立ったが、怒り心頭になるほど短気ではない。
生意気な女だとは思うが、処罰する気までは起きなかった。
「大丈夫だ。気にしていない。それより……さっきから何を抱えている?」
次の瞬間、赤子ほどもある巨大な蛙が突き出された。
「ガマガエルです」
「うっ……」
思わず後ずさる楊胤。
「ぎゃああ!」
隣では内侍長が腰を抜かしていた。
(……会えば分かるとは、このことか)