第90話:ゼルヴォード VS 工房の監視者─自宅から拝借した鉄鍋で戦闘!
「さて、そろそろ工房に行くか……」
ゼルヴォードは自宅を出る前に、何か適当な武器はないかと部屋を見渡した。
しかし、特に持っていく必要もないかと思い、そのまま鍛冶場を通りかかる。
そこでふと目に入ったのが、フィルミナが使っている"鉄鍋"だった。
(……ん? そういやこいつ、そこらの安物より"ずっと頑丈"だったよな)
フィルミナが普段使っている鍋は、王都でも限られた職人にしか作れない特注品だった。
鍛冶屋の手によるだけあって、一般的な鉄鍋よりもずっしりと重く、分厚く仕上げられている。
熱伝導も良く、何より――殴ってもへこまないほど頑丈だ。
「……まぁ、いいか」
ゼルヴォードは短くつぶやくと、何の躊躇もなく鍋を手に取り、そのまま外へ出た。
そして数分後――
彼は、一つの工房の前に立っていた。
(……ここが、例の工房か)
建物そのものは特に変わったところもない、どこにでもある木造の工房だ。
扉は閉ざされ、窓も薄汚れていて、中の様子は分からない。
しかし、ゼルヴォードの肌に触れる空気には、どこか妙なざわつきがあった。
風もなく、鳥のさえずりも聞こえない。ただ、しんと静まり返っている。
「……静かすぎるな」
ぽつりと漏れたその声は、やけに大きく響いて感じられた。
彼の手の中では、鉄鍋がほんのわずかに重みを増したように思えた。
彼は無造作に鉄鍋を片手に持ち、肩に軽く担いで工房へと足を踏み入れた。
工房の奥には、魔力を封じる符が張られた鉄扉があり、ただならぬ雰囲気を放っていた。
(……どう考えても、怪しすぎる)
ゼルヴォードが静かに鍵を解除しようとした、その瞬間──
「……そこまでだ」
背後から、鋭い声が響いた。
ゼルヴォードが振り向くと、一人の男が立っていた。
「……貴様、何者だ?」
男は警戒を露わにしながら、ゼルヴォードを睨みつける。
ゼルヴォードは、無造作に持っていた鉄鍋を肩に担ぎながら、口を開いた。
「通りすがりの鍛冶屋だよ」
「……フン。ふざけるな」
男は剣を構え、一歩前に出た。
「貴様、何を知っている?」
「さてな。知るかどうかは……これから決める」
──ギィンッ!!
男が踏み込むと同時に、ゼルヴォードも即座に反応し、鉄鍋で迎え撃った。
「斬り伏せろッ!!」
男が振り下ろした剣が、ゼルヴォードの鍋底へと叩き込まれる。
カンッ!!!!!
「……は?」
監視者の男が驚愕する。
剣が、鉄鍋に弾かれたのだ。
「何だと……!? ただの鍋のはずが……!」
「……鍛冶屋の鍋をナメんなよ」
ゼルヴォードはニヤリと笑いながら、
今度は"鍋底"を相手の顔面めがけて振り抜いた。
ゴッ!!!
「ぐはッ!!?」
監視者の男が吹っ飛び、地面に転がる。
「チッ……まだだッ!!」
男は再び構え直し、横薙ぎの一閃を放つ。
ゼルヴォードはそれを軽く回避し、カウンターで鉄鍋を振り下ろした。
ゴシャッ!!!
「が……ぁ……!?」
男の胴体に"鍋底"が叩き込まれ、そのまま地面に沈められる。
──戦闘終了。
倒れた男を横目に、ゼルヴォードは無造作に鉄鍋を持ち上げた。
(……お、思ったより使いやすいな)
彼は鍋の表面を軽く叩いてみる。
カンカン……!
……だが、そこで"ある事実"に気づく。
(……ちょっとだけ歪んでねぇか?)
ほんの僅かだが、鉄鍋の底がへこんでいた。
(……マズいな)
フィルミナが大事にしていた"鍛冶屋特製の鉄鍋"。
「絶対に粗末に扱わないで」と念を押されていた代物。
(バレたら……うるせぇだろうなぁ)
ゼルヴォードは苦笑しつつ、鍋を軽く拭きながら"証拠隠滅"を図る。




