第88話:異質な金属─その場で変質、そして殲滅
ゼルヴォードは煙の向こうへと消えていく足音を聞きながら、ふっと鼻を鳴らした。
「……逃げ足の速い連中だ」
だが、追うつもりはなかった。
今、優先すべきは"こっちの確認"だ。
ゼルヴォードは手元の"現地調達した木の枝"をひょいっと放り投げると、代わりに手袋をはめた。
「さて……何を隠してるのか、見せてもらうぜ」
そう呟くと、馬車に積まれた黒光りする金属の塊へと手を伸ばす。
(……やっぱり、普通の金属じゃねぇな)
ゼルヴォードは金属の表面に軽く触れてみた。
ゾワッ……
「……チッ」
一瞬、全身の毛が逆立つような感覚が走った。
"本能的に嫌な感じがする"金属──それはゼルヴォードにとって、過去に何度か経験のある感覚だった。
(……何かの"魔力加工"が施されてるな)
通常の鉱石ではない。
鍛冶師の直感が、それを告げていた。
「なら……試してみるか」
ゼルヴォードは腰を下ろし、掌をゆっくりとかざした。
──精融
シュゥゥ……!
金属の表面に微かに光が宿る。
まるで"脈動する血管"のように、薄い紋様が浮かび上がった。
「……こいつはまた、妙な構造をしてやがる」
ゼルヴォードは慎重に魔力の流し方を変え、"制御"を試みた。
すると……
「……なっ」
黒く濁った金属の表面が、徐々に"銀色"へと変化していく。
(こいつ……"元は規格鋼と似た成分"だったのか!?)
ゼルヴォードは、変質した金属の小片を手に取った。
「……なるほどな」
これは、"ただの素材"ではなく、"何かの装置の部品"である可能性が高い。
そして、おそらく規格鋼の問題と"同じルート"で流通しているのだろう。
ゼルヴォードが考え込んでいると、遠くから足音が聞こえてきた。
「……よう、戻ってきたか」
暗闇の向こうから、5人ほどの男たちが現れる。
先ほど逃げた男が、その中心に立っていた。
「クソが……! こいつが全部見ていやがった!」
「"証拠隠滅"しておけって言われてる。──やれ!」
5人の男たちが、一斉に武器を構える。
ゼルヴォードはそれを見ても、動じなかった。
「……悪いな」
彼は、地面にあった"木の枝"を拾い直す。
「お前らに構ってる暇はねぇ」
「調子に乗るなァァァ!!」
先頭の男が、ゼルヴォードに向かって一直線に斬りかかった。
──だが。
ヒュッ──ッ!
一瞬の動き。
ゼルヴォードが"木の枝"を一振りすると──
バギィッ!!!
「……え?」
男の剣が真っ二つに折れていた。
「っ……!?」
「な、何が……?」
──そして、次の瞬間。
「悪ぃな」
ゼルヴォードが無造作に"木の枝"を振り抜く。
ゴッ!!
「ぐはッ!!!」
鋼の剣を折られた男の腹に木の枝の先端が叩き込まれ、吹き飛ぶ。
「なっ──てめぇぇぇ!!」
後方の男たちが駆け寄ろうとするが──
ヒュッ! ヒュッ!
ゼルヴォードの木の枝が、まるで鞭のように動き、次々と男たちの喉元や関節を打ち抜いた。
「ガッ……!?」
「ぐ……ぎ……!!」
彼らが反撃する間もなく、全員が気絶するように倒れていく。
──わずか10秒足らずの出来事だった。
「……終わりか」
ゼルヴォードは周囲を見渡し、倒れた男たちを確認する。
「殺しはしねぇが……しばらくは動けねぇだろうな」
彼はため息をつき、金属の小片をポーチにしまう。
「さて……じゃあ俺は、そろそろ消えさせてもらうか」
音もなく、ゼルヴォードは工場跡地を後にした。




