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第87話:表と裏、交差する調査

◆冒険者ギルド─表の調査

「……これはどういうことだ?」


オルグ・フェンリルは無骨な指で書類をめくり、険しい表情を浮かべた。

王都の規格鋼の供給元──そのリストを確認していたが、一部の記録が妙に曖昧になっていた。


「王都内の工房や鍛冶場で使用される鋼材の大半は、この一覧に載っている工場で作られているはずだが……ここを見ろ」


オルグはリストの一部を指で叩いた。


「"詳細不明"……?」


ガルシス・ブレイドハートが怪訝そうに呟く。


「ここ数年、王都の供給元に追加された新しい業者がある。だが、その"所在地"や"具体的な製造工程"の記録が一切ない」


「つまり、"どこか別の場所"で精錬された規格鋼が、正規の流通ルートに紛れ込んでいる……?」


「その可能性が高いな」


オルグは腕を組み、考え込む。


「だが問題は、それを"誰が"、"何の目的で"やっているかだ」


「調査を進めるには、その"詳細不明な供給元"を直接訪れる必要がありそうですね」


ガルシスが鋭く言い切る。


オルグは頷いた。


「だが、正式な王都の管理網には記録がない。おそらく、表立って動いても何も掴めねぇだろうな……」


「……裏から探る必要がある、ということですか?」


「その通りだ」


ガルシスは静かに息をついた。


「なら、俺が軍の伝手を使って探りを入れてみる。王都の外での動きも調査しよう」


オルグは満足そうに笑い、グラスを傾けた。


「よし、頼んだぞ。こっちでも裏を当たる。……だが、もし裏でヤバい連中が絡んでるなら、戦闘も覚悟しとけ」


「戦闘は慣れていますよ」


ガルシスの眼光が鋭く光る。


「どんな相手でも、斬り伏せるだけです」


◆ゼルヴォード─裏の調査

ゼルヴォードは静かに物陰から様子を窺っていた。


王都の規格鋼の供給元を探るうちに、不審な取引の噂を掴んだ。

その現場こそ、ここ──王都の外れにある廃工場跡地だった。


月明かりに照らされる工場の周囲には、いくつもの馬車が停まっている。

馬車の荷台から降ろされているのは、黒く鈍い光を放つ金属の塊。


(……規格鋼、じゃねぇな)


規格鋼なら、もっと銀白色に近いはず。

だが、目の前の金属はまるで煤けた鉱石のような異様な光沢を放っている。


──それに、妙に嫌な感じがする。


(何か、普通の金属とは違うな……)


ゼルヴォードが慎重に観察していると、不意に護衛らしき男が鋭く振り向いた。


「……誰だ?」


(……バレたか)


ゼルヴォードは短く息を吐いた。


「"監視のつもり"だったが、まぁいいか」


ゆっくりと影から姿を現すと、男たちが一斉に警戒態勢に入る。


「お前……何者だ?」


「通りすがりの鍛冶屋だ」


ゼルヴォードは皮肉げに笑いながら、軽く周囲を見渡した。


そこには、ちょうど手頃な細めの丸太が転がっている。


(……まぁ、これでいいか)


ゼルヴォードは無造作にそれを拾い、片手で軽く振る。


ブオンッ──!


空を切る音が響き、男たちの顔色がわずかに変わった。


「……は?」


「お、おい……何してんだ、そいつ……?」


「丸太……? ふざけてんのか?」


──いや、違う。


男たちは無意識に感じ取っていた。

それはただの木の枝ではない。


「……これで十分だ」


ゼルヴォードは不敵に笑い、軽く構えた。


「お前ら相手なら、これで十分すぎる」


「……ッ!」


男たちは一瞬動けなかった。


だが次の瞬間──


「ふざけんなァァァ!!!」


怒声とともに、一人が先陣を切る。

鋼の剣が閃き、ゼルヴォードの頭上へ振り下ろされ──


パァンッ!!!


「……!?」


木の枝で受け止めた瞬間、衝撃が走った。


「ば、馬鹿な……!?」


男は信じられないものを見る目でゼルヴォードを見上げる。


木の枝の方が──まるで鉄のように"硬く"なっていた。


「……あんまり俺を舐めんなよ」


ゼルヴォードがニヤリと笑う。


──精融


手元の木が淡く輝き、強度が鋼と同等まで強化されていた。


「へっ……即興の武器でも、使い方次第でなんとでもなるもんさ」


「……っ、くそッ! みんな、やるぞ!!」


──戦闘開始!

──木の枝 VS 鋼の剣

「テメェ、なめやがってェェェ!!」


敵の一人が、真横から剣を薙ぎ払うように振るう。

ゼルヴォードは一歩下がり、木の枝を横に構えて受け止めた。


カンッ!


まるで金属同士がぶつかるような音が響く。


「なっ……!?」


敵は信じられないという顔で、ゼルヴォードの"ただの枝"を見た。


「お前らの"本物の剣"より、俺の"木の棒"の方が強いってのは……笑えねぇか?」


ゼルヴォードは不敵に笑う。


「チッ、なら──!」


もう一人が背後から回り込み、突きを繰り出す。


(……遅ぇ)


ゼルヴォードはわずかに体を傾け、ギリギリで攻撃をかわす。

そのまま木の枝を"叩きつける"ように振るう。


ゴッ!


「ぐはっ!!」


木の枝が男の腹に突き刺さり、そのまま吹き飛ばされた。


「チッ……コイツ、ただの鍛冶屋じゃねぇ!!」


最後の一人が叫び、距離を取る。


ゼルヴォードはその様子を見て、ふっと目を細めた。


「……おい」


木の枝を肩に担ぎながら、低く呟く。


「もう少し粘るかと思ったが……お前ら、"時間稼ぎ"が目的か?」


「……!」


ゼルヴォードの推測に、男の表情が一瞬凍りつく。


「──やっぱりな」


ゼルヴォードが木の枝を構え直した、その瞬間──


ボンッ!


遠くで何かが爆ぜる音がした。


「……!? 今のは……?」


ゼルヴォードが一瞬そちらに気を取られた隙に、敵の男が煙玉を投げつける。


──シュゥゥゥ!!


「チッ、逃げ足だけは速いか」


ゼルヴォードは煙の向こうで撤退していく足音を聞きながら、


「さて……どこまで追うかねぇ」


と、不敵に呟いた。


◆カリーナの研究調査(錬金術的分析)

「……これは、やっぱり"抜き取られてる"んですね」


カリーナは魔力灯の下で剣の破片を分析していた。


ゼルヴォードが持ち帰った"異常な剣"の素材を、魔力分析器にかけた結果が出たのだ。


「何か分かったのか?」


鍛冶ギルドの職人・レオ・ハンツが尋ねると、カリーナは頷いた。


「はい。規格鋼は本来、"魔力適応率"が一定の範囲で維持されているはずなんですが……」


カリーナは実験装置の数値を示す。


「この剣は、本来持っているはずの"魔力伝導成分"が意図的に抜かれている」


「……意図的に?」


「ええ。通常の鍛冶工程では、ここまで成分が偏ることは考えられません」


レオは顔をしかめる。


「つまり……"誰かが、わざと規格鋼の性能を落としている"ってことか?」


「そういうことになりますね」


カリーナは腕を組み、考え込む。


「もしこれが広範囲で行われているとしたら……王都の戦力は、すでに大きく弱体化されているかもしれません」


その言葉に、レオの表情が険しくなる。


「……厄介なことになりそうだな」


■そして3つの視点が合流!

冒険者ギルド側の調査 → 「王都外のどこかに精錬施設がある」ことが判明

ゼルヴォードの潜入調査 → 「異質な金属を使った"何か"が密かに流通している」ことが発覚

カリーナの分析 → 「規格鋼の魔力伝導成分が抜かれており、意図的な改変の痕跡がある」

──つまり、王都の武器の異常は"製造工程の改変"によるものであり、それと同時に"異質な金属"が密かに流通しているという事実に繋がる。


これは、単なる"鍛冶の問題"ではない。

何者かが、王都の力そのものを削ごうとしている……?

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