第86話:王都の異変、広がる影
「……これは、思った以上に深刻な問題かもしれねぇな」
ゼルヴォードは剣の欠片を手に取りながら、低く呟いた。
すでに何本もの剣を解析していたが、そのすべてに共通していたのは──金属の"何か"が欠落しているということだった。
フィルミナとカリーナも、並べられた剣の残骸を見て、険しい表情を浮かべる。
「ゼルさん、やっぱり"素材そのもの"に問題があるんですか?」
「ああ、その可能性が高い」
ゼルヴォードは刃の断面を指でなぞりながら、目を細めた。
「通常、武器ってのは鍛冶師が"適切な処理"を施すことで、強度を維持してる。だが、こいつらは……最初から"何かが足りてねぇ"んだよ」
「"足りてない"?」
カリーナが鋭く反応する。
「でも、王都の武器は規格鋼で統一されているんですよね? なら、同じ品質で作られているはずでは?」
「そのはずだ……だが、現実は違う」
ゼルヴォードは炉の火を少し強め、剣の破片を炙りながら確認する。
「"規格鋼"に異常があるとしたら、問題は"製造過程"か"原料"のどちらかだ」
「……!」
カリーナの目が光る。
「つまり、規格鋼が生産される過程で"何か"が変わってしまっている……?」
ゼルヴォードは頷いた。
「あるいは、意図的に"変えられてる"か、だな」
その言葉に、フィルミナとカリーナの表情が強張る。
──同じ頃、冒険者ギルドの本部では、ガルシス・ブレイドハートが緊急の報告を行っていた。
「……つまり、王都製の武器が"戦闘中に突然崩れる"という事態が各地で発生している、と?」
サブギルドマスター・オルグ・フェンリルが腕を組みながら、低く唸る。
「はい。私の部隊だけでなく、複数の小隊が同じ現象に見舞われています」
ガルシスは眉をひそめながら続ける。
「特におかしいのは、"新品"の武器にすら同じ異常が出ていることです。普通の摩耗や劣化では説明がつきません」
「……それは確かに異常だな」
オルグはしばらく考え込んだ後、別のギルド職員を呼び、報告書を確認する。
「……ガルシス、お前の報告と一致する情報がいくつも上がっているな。特に"規格鋼"の武器に異常が集中している」
「やはり、規格鋼が原因か……」
ガルシスは険しい表情で呟く。
「だが、それが自然発生的な問題なのか、それとも"何者かが関与している"のか……そこがまだ分かりません」
オルグは重々しく頷く。
「……こうなったら、鍛冶ギルドにも確認する必要があるな」
ガルシスは一瞬考えた後、静かに尋ねる。
「鍛冶ギルドでは、この件をどう見ているのでしょうか?」
オルグは肩をすくめる。
「ゼルヴォードに解析を頼んでいる。奴が何か掴めば、すぐに情報が入るはずだ」
ガルシスは少し安堵した様子を見せた。
「……なるほど、その人が調査を? なら、確かに何かしらの手がかりを見つけてくれるかもしれませんね」
「ゼルヴォードさん、ちょっといいですか?」
鍛冶場の扉が開き、入ってきたのは鍛冶ギルドの職人レオ・ハンツだった。
「お前か……何か分かったのか?」
「ええ、鍛冶ギルド内でも調査を進めていたんですが……規格鋼の一部が、"精錬される前の段階"で異常な性質を持っていたことが判明しました」
ゼルヴォードは興味深そうにレオを見た。
「つまり、"原料の時点で何かがおかしくなってる"ってことか?」
「その可能性が高いです。通常の鋼鉄と比較しても、規格鋼の"魔力適応率"が異常に低下していることが分かりました」
「魔力適応率……」
カリーナが眉をひそめる。
「それってつまり、武器が魔力をうまく伝えられなくなってるってことですよね?」
「ええ。その影響で、耐久性も極端に落ちているようです」
ゼルヴォードは顎に手を当て、考え込んだ。
(つまり……何者かが規格鋼の"精錬過程"に干渉し、武器の性能を意図的に落としている可能性がある……?)
「……これは、いよいよヤバい話になってきたな」
ゼルヴォードは炉の火を見つめながら、低く呟いた。




