第5話:消えた魔力の痕跡
ゼルヴォードがギルドを出て行った後も、オルグはその背中をじっと見送っていた。
扉がゆっくりと閉まり、彼の姿が完全に見えなくなる。
しかし、その余韻はギルドの中に色濃く残っていた。
(……妙だな)
サブギルドマスターとして数多くの冒険者を見てきたが、彼ほど掴みどころのない男はそういない。
まるで、何か大きな"核"を隠しながら生きているような……そんな感覚を覚えた。
「オルグ様……」
傍に立つ部下の一人が、少し言いにくそうに声をかける。
「さっきのナイフ、本当にただのナイフだったんでしょうか?」
オルグはゆっくりと椅子に腰を下ろし、腕を組んだ。
「……お前もそう思ったか?」
部下は頷く。
「ええ。確かにあの時、ナイフは光っていました。それなのに、手に取った時には何の魔力も感じられなかった……まるで、最初から何もなかったみたいに」
オルグは深く息をつくと、目を閉じて思い返す。
──確かに、ゼルヴォードのナイフは光っていた。
魔力が込められた武器特有の淡い輝きが、一瞬だけ鞘の隙間から漏れた。
しかし、実際に手に取った時、そこには何の魔力の痕跡もなかった。
まるで──魔力そのものが消えたかのように。
(そんなことがありえるのか?)
通常、魔力を帯びた武器は持ち主が手放しても、その力の残滓が刃に残る。
特に強力な武器なら、その影響は数時間、あるいは数日単位で持続するはずだ。
だが、ゼルヴォードのナイフはどうだ?
魔力の残滓すらなかった。
ただの、よく研がれた鉄のナイフに過ぎなかった。
オルグは、腕を組みながら改めて考える。
魔力の完全な消失。
これは、単なる魔道具の"劣化"とは違う。
意図的に魔力を消す仕組みが存在している可能性がある。
(……ゼルヴォードは、一体どんな技術を知っている?)
鍛冶の世界では、武器に魔力を込める技術は一般的だ。
だが、逆に魔力を"完全に消す"技術については、ほとんど知られていない。
もし、それを意図的にやっているとしたら──
「……オルグ様、あの男は一体?」
別の部下が口を開いた。
「旅人、とは言っていましたが……どう考えても普通じゃありません」
「まぁな」
オルグは苦笑しながら、テーブルを軽く叩いた。
「鍛冶ギルドに行くって言ってたな」
「はい。案内状まで出していましたが……」
「俺の紹介状を持って行ったことで、あの男がどんな反応をされるか……気になるな」
オルグは目を細め、考え込む。
(ゼルヴォード……お前、一体何者なんだ?)
オルグが黙り込んでいる間、ギルド内の空気も少しずつ落ち着きを取り戻していった。
それでも、さっきまでのやり取りを目撃していた冒険者たちは、まだ興味を持って噂をしている。
「さすがに、サブギルマスが戻ってきた直後に騒ぎは起こせねぇよな」
「しかし、あの旅人……妙に落ち着いてたな」
「普通ならオルグ様の威圧でビビるだろうに」
「そもそも、ただの鍛冶屋が魔力の込められた武器を持ってるのはおかしいだろ?」
「それも、手に取ると魔力が消えるって……そんなの聞いたことがねぇ」
オルグはそれを聞きながら、ふっと口元を歪めた。
(まったく……面倒な男を王都に呼び込んじまったかもしれねぇな)
だが、彼の胸の奥底には、未知の武具に対する職業柄の興味が確かに芽生えていた。
ゼルヴォードが持つ"ただのナイフ"。
そのナイフが示す可能性は、鍛冶の世界に新たな波をもたらすかもしれない。
「まあいい。すぐに分かるさ」
オルグはそう呟くと、椅子の背にもたれ、静かに目を閉じた。