第42話:何食わぬ顔で鍛冶屋ギルドへ、新たな依頼
黒鉄街での戦いを終えたゼルヴォードは、何事もなかったかのように鍛冶屋ギルドへ向かっていた。
時間は昼前。
フィルミナは学院で授業中だ。
(どうせなら、鍛冶屋ギルドの動きも確認しとくか)
彼はギルドの重厚な扉を押し開けた。
──ゴォン……!
炉の熱気と鉄の匂いが漂い、職人たちの掛け声が響いている。
カンカンと鉄を打つ音が、どこか心地よい。
「お、ゼルヴォードじゃねぇか」
奥の作業場から声が飛んできた。
「おう」
ゼルヴォードは軽く手を上げて挨拶しながらカウンターへ向かう。
すると、職人の一人がキョロキョロと辺りを見回しながら尋ねた。
「……って、今日はフィルミナちゃんは一緒じゃねぇのか?」
「学院だ」
ゼルヴォードが淡々と答えると、別の職人が「あーあ、今日は見れねぇのか」と残念そうに呟く。
「ちっ、あのちっこいのが来ると工房がちょっと和むんだけどな」
「そうそう、最近ちょっとずつ鍛冶の質問とかしてくるようになったから、楽しくなってきたのによ」
「いやいや、そもそも鍛冶屋ギルドは"託児所"じゃねぇぞ」
ゼルヴォードは呆れたように肩をすくめる。
「俺の養子になった途端に、やたら可愛がるようになったな、お前ら」
職人たちはニヤリと笑う。
「そりゃな、ゼルヴォードの娘分だろ? そんなん気になるに決まってんだろ」
「この前、ちょっとだけ金属研磨をやらせたんだが、結構筋が良かったぜ?」
「へぇ、じゃあ将来は本当に鍛冶屋ギルドに所属するかもな」
「なーんか、お前よりフィルミナちゃんの方が"ギルドに顔出してる率"高くね?」
ゼルヴォードはため息をついた。
「……なんで俺が説明役になってんだよ」
職人たちは大笑いしながら作業に戻っていく。
(ったく……フィルミナの人気が思ったより高ぇな)
ゼルヴォードは苦笑しながらカウンターに向かい、受付のエミリア・ブランシェに声をかけた。
「よう、ギルマスはいるか?」
エミリアはクスッと笑いながら答えた。
「奥の工房ですよ。……フィルミナちゃんは学院ですか?」
「お前までかよ」
ゼルヴォードは軽くため息をつき、工房の奥へと歩を進めた。
工房の奥では、ギルドマスターのグレイヴ・ドランハンが炉の前に立ち、巨大な斧を打っていた。
「……よぉ、随分と精が出るな」
ゼルヴォードの声に、グレイヴはハンマーを振るう手を止めた。
「ほぉ……珍しいな。お前が俺の工房に来るなんざ」
「たまには顔を出さねぇとな」
ゼルヴォードは工房の壁に寄りかかりながら、軽く炉を眺める。
(……いい火だ。さすがギルマスの炉だな)
グレイヴはハンマーを置き、腕を組んだ。
「……それで? 何の用だ?」
ゼルヴォードは軽く笑った。
「特にねぇよ。ただ、鍛冶屋ギルドの"最近の動き"が気になってな」
「……フン、相変わらず鋭ぇな」
グレイヴはため息をつくと、鉄の椅子にドカッと座る。
「実は最近、"ある依頼"がギルドに舞い込んできてな」
ゼルヴォードは軽く眉を上げた。
「ほぉ……"ある依頼"ねぇ」
グレイヴは紙の束をゼルヴォードに投げ渡した。
「読んでみろ」
ゼルヴォードは紙を受け取り、視線を落とす。
◆ 鍛冶屋ギルドへの特別依頼
・依頼内容:「未知の鉱石の解析および加工」
・依頼主:王都研究機関
・報酬:高額
・備考:この鉱石は通常の鍛冶技術では加工が難しい。特別な技術を持つ者の協力を求む
ゼルヴォードは紙を指で弾き、短く呟いた。
「……未知の鉱石?」
「そうだ」
グレイヴは腕を組み、顔をしかめた。
「この鉱石、どうやら"従来の精錬方法ではうまく鍛えられねぇ"らしい」
「つまり、"新しい技術"が必要ってわけか」
ゼルヴォードは紙を机に置き、考え込む。
(……"未知の鉱石"ねぇ)
鍛冶師として、未知の素材に挑むのは魅力的な話だ。
だが、同時に"厄介な裏がある"可能性も高い。
ゼルヴォードはふと、"鉄の処刑人"が作ろうとしていた異常な武器を思い出す。
(まさか……関係があるか?)
彼はグレイヴを見上げた。
「この鉱石、どこで採掘された?」
「それがな……"正確な採掘場所は不明"なんだとよ」
ゼルヴォードの目が鋭くなる。
(……こいつは、ちょっと面白くなりそうだな)
「さて……どう料理するか、試してみるか」




