第4話:止められた刃
ルナエスト王国の冒険者ギルド。
広々としたホールには、多くの冒険者が集まり、活気に満ちていた。
壁際の掲示板の前では、クエストの内容を吟味する者たち。
中央のテーブルでは、仲間と談笑しながら酒をあおる者たち。
受付では、報酬を受け取り、次の仕事を探す者たち。
しかし、その日ギルド内の空気はどこか引き締まっていた。
──重厚な足音が、ホール内に響く。
扉が勢いよく開かれ、そこから現れたのは、戦いを終えたばかりの男たち。
サブギルドマスター、オルグ・フェンリルと、その部下たち。
彼らの装備は砂と返り血にまみれ、激戦を物語るように疲労が滲んでいる。
しかし、彼らの鋭い眼光は未だ衰えていなかった。
まるで獣のような気迫が、周囲に伝わる。
ホール内にいた冒険者たちがざわつき始めた。
「オルグの隊が戻ってきたぞ……!」
「ってことは、緊急依頼は無事に終わったのか?」
「いや、それにしちゃ、随分とやつれて見えるが……」
数日前、王都ギルドは緊急依頼を発令した。
近隣の村々が突如発生した魔獣の群れに襲われ、即座の討伐隊派遣が決まったのだ。
オルグたちは即応部隊として出動し、長時間の戦闘の末、これを撃退。
そして今、彼らはその任務を達成し、ギルドへ帰還したのだった。
オルグは無言のまま受付へと向かい、分厚い戦果報告書をカウンターへ叩きつける。
「……討伐完了だ。魔獣の群れは壊滅。生存者の救出も済んでいる」
その声には疲労が滲んでいたが、確かな達成感もあった。
受付嬢たちは安堵の表情を浮かべ、即座に書類の確認に取り掛かる。
「お疲れ様です、オルグ様! 被害の状況は……?」
「死者六名、負傷者多数。だが、最悪の事態は免れた。
村の防備を強化するよう、自治領主に報告を入れろ」
「了解しました! すぐに追加の支援を手配します!」
ギルド内に安堵の空気が広がる。
とはいえ、彼らの表情が晴れることはなかった。
オルグの部下たちは、黙々と椅子に腰掛け、水をあおる。
血に濡れた武器を無言で手入れする者もいれば、仲間同士で労をねぎらう者もいた。
その時、ホールの一角で小さな言い争いが聞こえてきた。
「なんだよ、オッサン。冒険者でもねぇくせに、ギルドに何の用だ?」
低く、嘲るような声が響く。
声の主は二人組の男たち。
ブラウン級の冒険者らしく、軽装ながらも武具はしっかりと手入れされている。
実力はそれなりにありそうだが、ゼルヴォードに絡み始めたのが運の尽きだった。
「王都の武具事情だぁ? そんなもん、強い奴が強い武器を持つ、それだけだろ」
「鍛冶屋でもやる気か? でもなぁ、腕もねぇのに口ばっかじゃ、まともな武器なんざ作れねぇぜ?」
ゼルヴォードは一瞥し、肩をすくめた。
「お前ら、武器を使う側だろ? 作る側の話に首突っ込んでどうする」
その一言に、二人の表情が変わる。
「はぁ? てめぇ……!」
男が一歩前に出る。
ゼルヴォードは静かに右手を腰に回し──ショートナイフの柄を握った。
魔力を流し込むと、鞘から淡い光が漏れ出す。
ギルドの空気がピンと張り詰める。
何人かの冒険者が、その様子に気づき、興味深そうにこちらを見始めた。
──しかし、その瞬間。
「──そこでやめろ!!」
オルグの鋭い声が、ギルド内に響いた。
ホール全体が静まり返る。
オルグはゼルヴォードの持つナイフをじっと見つめると、ゆっくりと歩み寄った。
「……お前、鍛冶ギルドに行くつもりだって言ったな?」
「そうだが?」
オルグは顎に手を当て、しばし考え込む。
「王都の鍛冶ギルドは、外部の人間が簡単に入れる場所じゃねぇ。
特に最近は、腕の悪い連中が勝手に売り込もうとして、締め出しが厳しくなってる」
「ほう?」
「だが……お前はただの鍛冶屋じゃなさそうだ」
オルグは机から一枚の書類を取り出し、さらさらと何かを書き込むと、それをゼルヴォードに差し出した。
「これがあれば、鍛冶ギルドの門前払いはされねぇはずだ」
ゼルヴォードは書類を一瞥し、軽く口の端を上げた。
「案内状か……助かる」
「俺も確かめてぇんだよ。お前がどんな武器を作るのか、な」
オルグはニヤリと笑うと、ゼルヴォードの背を見送りながら呟いた。
「──ただの鍛冶屋、かねぇ……」
ゼルヴォードは、静かにギルドの扉を押し開けた。