第28.3話:短剣の完成と新たな一歩
炉の火が最高潮に燃え上がり、鍛冶場全体に熱気が満ちていた。
ゼルヴォードは、慎重に短剣の素材を作業台に置き、仕上げの工程に取り掛かっていた。
「……これでようやく形になったな」
雷撃蜥蜴の魔石を利用した短剣——。
ゼルヴォードは慎重に刃の表面を仕上げながら、レヴィンとフィルミナに向かって言った。
「今回の武器の特徴を説明するぞ」
● 刃の材質:精鋼と魔力伝導率の高い合金を使用
● 魔石の配置:柄の内部に埋め込み、魔力を流すことで刃全体に雷を纏わせる設計
● 発動方式:
➡ 通常時 → ただの鋭い短剣(軽量で扱いやすい)
➡ 魔力を流すと → 刃が一瞬だけ雷を帯び、斬撃と同時に微弱な痺れ効果を与える
ゼルヴォードが短剣をレヴィンに手渡すと、彼は慎重に握り、ゆっくりと構えた。
刃の重量、バランス、握ったときの感触——どれも完璧に調整されていた。
レヴィンは無言で刃を見つめ、そっと魔力を流してみた。
——シュン……
刃の表面に青白い雷が細かく走る。
ゼルヴォードの設計通り、持ち主が意識した瞬間にのみ雷が発生する仕様になっていた。
「……すげぇな」
レヴィンは呟き、何度か空を切るように短剣を振る。
雷の効果は一瞬だけ発動するが、それが逆に扱いやすい。
常時帯電していると扱いが難しくなるが、狙った瞬間に雷を走らせることで、戦闘時の応用が効く。
「これなら……俺でも使える」
彼は短剣を握りしめながら、小さく息を吐いた。
レヴィンが短剣の性能に満足しているのを見て、ゼルヴォードはニヤリと笑った。
「ま、ちょっとしたオマケもつけといた」
「オマケ?」
ゼルヴォードは、短剣の柄の部分を軽く指で押した。
——カチリ
すると、柄の側面から小さなプレートがスライドするように出てきた。
レヴィンは目を見開く。
「……この刻印は……?」
そこに刻まれていたのは、レヴィンのかつての相棒——失われた仲間の名前だった。
「お前の相棒の形見って言ってたろ? 完全に新しい武器にしちまうのも悪いかと思ってな」
実は、ゼルヴォードはレヴィンの持っていた古い短剣の柄を少し削り、その一部を新しい短剣の柄に埋め込んでいたのだ。
「これで、完全に"別物"ってわけじゃねぇだろ?」
レヴィンは短剣をじっと見つめ、静かに息を吐いた。
「……ありがとな」
彼はゼルヴォードの手を取ると、しっかりと握手を交わした。
そのやり取りを見ていたフィルミナは、何か思いついたようにポンと手を打った。
「あっ、じゃあ私もオマケつけよう!」
彼女はポーチの中から、小さな細工を施した銀のチェーンを取り出す。
「これ、短剣の柄の端に付けられるようにしておいたんだ。
お守り代わりに、どう?」
それは、魔力をほんのわずかに蓄えることができる魔導繊維を編み込んだストラップだった。
実用的な効果はほぼないが、長時間持っているとほんのり暖かくなる。
「何か困ったとき、これがあればちょっと安心できるかも……って」
レヴィンは苦笑しながらも、そのストラップを短剣の柄に結びつけた。
「……ありがとう。大事にするよ」
短剣は完成し、レヴィンはそれをしっかりと握りしめた。
彼の表情は、以前よりもずっと晴れやかになっている。
ゼルヴォードは腕を組みながら、小さく鼻を鳴らした。
「これで一応、依頼は完了ってことだな」
レヴィンは短剣を腰に収め、ゼルヴォードを見据える。
「……俺は、まだ戦える。そう思わせてくれて、感謝するよ」
ゼルヴォードはそれを聞いて、軽く肩をすくめた。
「俺はただの鍛冶師だ。戦うのはお前だろ?」
レヴィンは静かに頷くと、工房の扉へと向かった。
外の空気を吸い込み、振り返る。
「また何かあったら、頼む」
「その時は、もっと良い材料を持ってこいよ」
軽口を交わし、レヴィンは去っていった。
ゼルヴォードは炉の火を見つめながら、
「また一つ、誰かのための武器を作ったな」と静かに思うのだった。




