第28.2話:雷の指輪と試作の第一歩
炉の火が赤々と燃え、工房内に鉄の焼ける匂いが漂っている。
ゼルヴォードは、作業台の上に並べた材料をじっと見つめていた。
その横では、フィルミナが興味深そうに彼の手元を覗き込んでいる。
「雷撃蜥蜴の魔石を使って指輪を作る……か」
ゼルヴォードは目の前の小さな青紫の魔石を指先で転がした。
レヴィンの依頼を受け、いきなり短剣を作るのではなく、まずは「雷撃の制御ができるか」を確かめるために、小型の試作品を作ることにした。
——もし指輪に魔石を埋め込んで、安定した雷撃の発動ができれば、短剣への応用が可能になる。
ゼルヴォードはフィルミナに視線を向けた。
「お前、魔石を扱う感覚には少し慣れてきたか?」
フィルミナはコクリと頷く。
「うん。まだ細かい調整はできないけど、魔力がどう流れるかくらいは分かるようになってきたよ」
ゼルヴォードは満足げに頷いた。
「なら、この試作の実験役を頼む」
「えっ、私が?」
「指輪なら、いきなり戦闘に使うわけじゃねぇし、魔力の流れを確かめるには適任だろ」
フィルミナは少し戸惑ったが、ゼルヴォードが作るものに触れることにワクワクもしていた。
彼女は小さく息を吸い込んで、しっかりと頷いた。
「分かった。やってみる!」
ゼルヴォードは材料を並べ、手順を確認する。
・ ベースとなる指輪の素材:魔力伝導率の高い「精銀」を使用
・ 魔石の埋め込み方法:直接埋め込むのではなく、「魔力中継層」を挟んで制御しやすくする
・ 発動方法:使用者が意識したときにのみ、魔力が流れるようにする(暴発防止)
ゼルヴォードは炉に火を入れ、精銀を適切な温度に加熱する。
次に、魔石を慎重に加工し、力の流れが滑らかになるよう細かな彫りを入れる。
この作業は非常に繊細で、少しでもズレれば魔力の流れが不安定になってしまう。
彼は鋭い眼光で魔石を見つめながら、静かに呟いた。
「……いい具合に仕上がりそうだな」
やがて、加工が終わり、指輪の枠に魔石をはめ込む工程に入る。
ゼルヴォードは細い工具を使い、魔石と精銀の間に魔力中継層を形成しながら、慎重に固定していく。
「……よし、完成だ」
作業台の上に置かれたのは、青紫の光を帯びたシンプルな指輪。
ゼルヴォードはそれをつまみ上げ、フィルミナの前に差し出した。
「試してみろ」
フィルミナは慎重に指輪を受け取り、そっと指にはめる。
冷たい金属の感触。
そこから、ごく微弱な魔力の流れが伝わってくるのが分かる。
ゼルヴォードが言った。
「魔力を少し流してみろ。雷の反応がどう出るか確かめる」
フィルミナは軽く目を閉じ、ゆっくりと指輪に魔力を注ぎ込む。
——シュン……
指輪が淡く発光し、指先に微弱な静電気のようなチリチリとした感覚が走った。
「おおっ、ちょっとピリッとする!」
ゼルヴォードはフィルミナの反応を見て、軽く頷く。
「悪くねぇな。暴発もしないし、発動もスムーズだ」
しかし、レヴィンは腕を組み、少し渋い顔をしていた。
「……これ、攻撃には使えないよな」
「ああ、指輪で直接雷を撃とうってのは無理だ。そもそも、目的は短剣の前段階のテストだからな」
ゼルヴォードは腕を組みながら、試作品の結果を整理する。
・ 魔力伝導はスムーズ(問題なし)
・ 雷の発生は微弱(戦闘用には力不足)
・ 暴発の危険はない(安定化成功)
「結論としては……指輪レベルなら問題なく運用できるが、短剣に応用するにはもっと改良が必要だな」
ゼルヴォードは指輪を見つめながら、思案する。
雷の魔石を使うこと自体は可能だが、戦闘用の短剣として成立させるには、さらなる調整が必要になる。
彼はレヴィンを見据え、静かに言った。
「短剣を作るなら、この指輪の仕組みを発展させて、"一定時間だけ雷を纏う武器"にするしかねぇな」
「つまり……?」
「お前が意図したときにだけ、刃に雷を走らせる仕組みだ」
レヴィンは目を細め、ゆっくりと頷いた。
「……頼む」
ゼルヴォードはニヤリと笑い、炉に新たな火をくべた。
「ようやく本番ってわけだな」




