第3話:賑わいの王都へ
ルナエスト王国に向かい歩き続けること、3日。
旅路は穏やかで、特に目立ったトラブルもなかった。
森を抜け、丘を越え、徐々に開けた平原が広がる。
朝の冷たい空気の中、遠くの農村では人々が畑仕事を始めていた。
馬車を引く農夫、麦束を運ぶ子供たち。
そんなのどかな光景を横目に歩いていると、時折旅人や商人とすれ違うことがあった。
道端で休んでいた商隊の男たちが話している。
「ルナエスト王国はやっぱり活気があるな」
「中央ギルドに新しい依頼が出てるらしいぞ」
「鍛冶ギルドも最近動きが活発になってきたみたいだ」
ゼルヴォードは、その話に耳を傾けながらも、特に口を挟むことはしなかった。
ただ、"鍛冶ギルド"という単語には、少しだけ興味を引かれた。
(王都には鍛冶ギルドもあるのか……いい情報が手に入りそうだ)
そして──
丘を越えた先、遠くに大きな城壁が見えてくる。
ルナエスト王国。
交易の要所であり、商人や冒険者が集う活気に満ちた街。
その城壁の高さは圧倒的で、広大な都市を守る要塞のようにそびえ立っている。
正門の前には、王都に出入りする人々で長い列ができていた。
(……着いたか)
門を通ると、そこには一変した景色が広がっていた。
広大な石畳の大通り。
道の両脇には色とりどりの看板を掲げた商店が立ち並び、店先には多種多様な商品が並べられている。
行き交う人々も実に様々だった。
鎧を着込んだ冒険者、豪奢な衣服をまとった商人、荷物を抱えた旅人たち。
活気に満ちた街の賑わいが、耳に飛び込んでくる。
「新鮮なリンゴはいかが!」
「武具の修理ならここが一番!」
「珍しい魔導具が入荷したぞ!」
露店から漂う香ばしいパンの香り、肉を焼く音、スパイスの刺激的な匂い……。
全てが混ざり合い、王都独特の熱気を生み出していた。
(……腹も減ったな)
ゼルヴォードは軽く息をつき、適当な食事処を探すことにした。
目に留まったのは、程よく賑わいを見せる食堂。
木造の落ち着いた内装で、奥には大きな暖炉があり、温かな雰囲気が漂っている。
店内には、冒険者や旅人が集まり、各々が食事を楽しんでいた。
談笑する者、酒をあおる者、仕事の話をする者……。
「だからよ、昨日のクエストでな──」
「おい、このスープうまいぞ!」
「今日の狩りは成功だな。酒でも飲みたいところだが……」
ゼルヴォードは適当に空いた席に腰を下ろし、店員を呼んだ。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
話しかけてきたのは、落ち着いた雰囲気の青年だった。
見るからに冒険者風の佇まいだが、服装は店の店員のもの。
「軽くでいい。おすすめのスープとパン、それから適当に肉を頼む」
「かしこまりました」
手際よく注文を受けた青年が立ち去ると、ゼルヴォードはふと考えた。
(さて、これからどう動くか……)
ほどなくして、スープと焼きたてのパン、簡単な肉料理が運ばれてくる。
スープを一口飲むと、じんわりと体が温まるような優しい味が広がった。
パンはふわりとした食感で、焼きたてならではの香ばしさがある。
(悪くねぇな)
軽く食事を取りながら、ゼルヴォードは青年を呼び止めた。
「ちょっと聞きたいんだが……この辺に冒険者ギルドはあるか?」
「冒険者ギルドですか? でしたら、この通りをまっすぐ行って、大きな広場の手前を左に曲がると見えてきますよ」
青年は柔らかい笑みを浮かべながら答える。
「昼の時間帯は人が多いので、受付は混んでるかもしれませんね」
「助かった。ありがとな」
ゼルヴォードが礼を言うと、青年は一瞬だけ微笑みを深めた。
「いえいえ。僕も中央ギルドの関係者なんで、ギルドの場所くらいはよく案内しますよ」
(……中央ギルド?)
一瞬だけゼルヴォードの眉が動くが、すぐに平静を装う。
「そりゃ、案内も手慣れたもんだな」
ゼルヴォードは軽く笑い、残りの食事を平らげると、店を後にした。
店を出ると、再び街の活気に包まれる。
通りには露店が並び、果物や焼き菓子を売る店がにぎわっていた。
馬車が行き交い、大きな荷物を運ぶ商人たちが忙しそうに動いている。
(さすがに人が多いな)
周囲を見回しながら、ゼルヴォードは言われた道順に沿って歩き出す。
道の途中には、武具店や鍛冶屋の看板もちらほらと見える。
中には派手に飾られた武器を並べる店もあり、興味を引かれそうになったが……今は目的を優先することにした。
(まずはギルドだ。それから考えるか)
やがて、大きな広場に差し掛かる。
そこから少し歩くと、目の前に見えてきたのは──
ルナエスト王国の冒険者ギルド。
ゼルヴォードは一度深呼吸し、ゆっくりと扉を押し開けた。
──新たな物語が、動き始める。