第27話:鍛冶屋のマスコットとエルフのギルマスター
ゼルヴォードはフィルミナを連れて、市場へと向かった。
「まずは服や生活用品を揃えるぞ」
フィルミナは少し驚いたようにゼルヴォードを見つめる。
「……私、今まで服を選んだことなんてなかった」
「そりゃ、あんな施設にいたらそうだろうな」
フィルミナは今まで、実験体として拘束されていたため、"普通の生活"というものを経験したことがなかった。
ゼルヴォードは適当に店を巡りながら、無難な衣服を選んでいく。
「鍛冶仕事をするなら、丈夫な作業着も必要だな」
「……これ、着てみてもいい?」
フィルミナが手に取ったのは、黒と紫を基調としたシンプルなローブだった。
「いいんじゃねぇか? お前のイメージに合ってる」
「……ありがとう」
フィルミナは小さく微笑む。
買い物を終えた後、ゼルヴォードはフィルミナを連れて鍛冶屋ギルドへ向かった。
「ここが鍛冶屋ギルドか……」
フィルミナが興味深そうに周囲を見渡す。
ギルドの中には、多くの職人たちが忙しそうに作業していた。
炉の熱気、鉄を打つ音、汗まみれの職人たちの声が響いている。
すると──
「おぉ!? ゼルヴォード、何だその娘っ子は!」
「新入りか!? それとも見習いか!?」
ギルドの職人たちが、一斉にフィルミナを囲む。
「えっ……?」
フィルミナは明らかに戸惑っていた。
「いや、ちょっとこいつを鍛冶の世界に慣れさせようと思ってな」
ゼルヴォードが適当に説明すると、職人たちは興味津々にフィルミナを眺める。
「ダークエルフの鍛冶師か……珍しいな!」
「こいつはギルドのマスコット決定だな!」
「おいおい、鍛冶屋にマスコットなんていらねぇだろ……」
ゼルヴォードが呆れながら言うが、職人たちは意に介さず、フィルミナを次々と可愛がる。
「よし、これからは『ちび鍛冶師』って呼んでやる!」
「ちび……!?」
フィルミナの眉がピクリと動く。
(あ、これは少し怒ってるな)
ゼルヴォードは少し笑いながら、フィルミナの肩を叩いた。
「まぁ、悪い連中じゃねぇ。慣れとけ」
フィルミナは少し不満そうにしながらも、職人たちの雰囲気を感じ取ったのか、最終的には黙って受け入れた。
ちょうどその時、ギルドの入り口から一人の女性が入ってきた。
「……ほう? 鍛冶屋ギルドは相変わらず賑やかだな」
透き通るような金髪、鋭い碧眼。
上品な紫のローブをまとった、美しいエルフの女性だった。
「ん? あんた、誰だ?」
ゼルヴォードが何気なく尋ねると、エルフの女性は優雅に微笑んだ。
「私は"アステリア"──魔道士ギルドのギルドマスターを務めている」
「魔道士ギルドの……!?」
職人たちが驚きの声を上げる。
ゼルヴォードも少しだけ目を細める。
(王都の魔道士ギルドのトップが、鍛冶屋ギルドに何の用だ?)
アステリアは軽くギルド内を見渡し、ふとフィルミナに視線を向けた。
「……ほう?」
彼女はフィルミナの前に歩み寄り、優雅に微笑む。
「君の名前は?」
フィルミナは戸惑いながらも答えた。
「……フィルミナ」
「フィルミナか……なるほど、良い名前だ」
アステリアはフィルミナをじっと見つめると、ふっと微笑んだ。
「……君、私のところに来る気はないか?」
「……え?」
フィルミナは驚いた表情を浮かべる。
ゼルヴォードは腕を組みながら、アステリアを見た。
「おいおい、俺の弟子を取る気か?」
アステリアはクスクスと笑う。
「いいえ、ただ"興味深い魔力"を持っているからね。君の魔力適性……"魔鋼適性"があるのだろう?」
「……!」
フィルミナは驚いた様子でアステリアを見上げる。
ゼルヴォードも少し目を細めた。
(コイツ、フィルミナの魔力を見抜いたのか?)
アステリアはフィルミナの頭を軽く撫でながら、笑った。
「また会おう、フィルミナ。そしてゼルヴォード……君の鍛冶の腕、いつか試させてもらうわよ?」
「へぇ、面白ぇこと言うじゃねぇか」
ゼルヴォードはニヤリと笑い、アステリアを見送った。
フィルミナは、まだ少し困惑していたが、どこか誇らしげな表情を浮かべていた。




