表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
229/229

第223話:旅の終わり、その先へ

 それから数日後。


 ラグネアは、この都市を発つことにした。


 数日の滞在は短かった。

 けれど、その中で得たものは短いで済ませられるようなものではなかった。


 ドラグラギアとの向き合い方。

 自分の答え。

 そして、自分より遥か先を行く存在が確かにいるという実感。


 どれも、旅の途中でふと拾えるような軽いものではない。

 だからこそ、今は十分だった。


 朝の駅は人で賑わっていた。


 各地を繋ぐ魔導列車が発着するこの時間帯は、商人も旅人も多い。荷物を抱えた者たちが行き交い、金属と蒸気の匂いが朝の冷えた空気に混じっている。


 ラグネアはホームで立ち、到着を待つ列車の線路を見ていた。


 背にはドラグラギア。

 赤黒の刀身、その中心に走る蒼白の芯は今も静かに眠っている。


「本当に帰るんだね」


 横からフェルミナの声がした。


 振り返ると、ゼルヴォード、フェルミナ、カリーナ、それにラズネリアまで揃っていた。

 見送りにしては妙に面子が濃い。


 ラグネアは少しだけ口元を緩める。


「ああ。さすがに長居しすぎる理由もないしな」

「もう少しくらいいてもよかったんじゃないですか?」

「それはそれで落ち着かない」

「分かる気もします」

「分かるのか」

「ちょっとだけです」


 フェルミナが一歩前へ出て、小さな包みを差し出した。


「これ、列車の中で食べてください」


 ラグネアはそれを受け取る。


「……いいのか」

「はい。朝のうちに作っておきました。時間が経っても食べやすいものにしてあります」

「気が利くな」

「旅の途中で何もないと困るでしょう」


 布を少し開くと、薄く焼いたパンに具を挟んだものがきれいに並んでいた。持ち運びやすいようにひとつずつ包まれている。


 ラグネアはわずかに目を細める。


「助かる」

「口に合うといいんですけど」

「フェルミナが作ったなら大丈夫だろう」


 その横で、カリーナが静かに頷いた。


「ええ。フェルミナの料理ならその点は心配いりません。持ち運ぶことまで考えてありますし」

「そう言ってもらえると安心します」

「実際、こういうところは本当にきっちりしていますから」

「褒めてます?」

「褒めています」


 フェルミナはそこでようやく少しだけ柔らかく笑った。


 この数日で、こういうやり取りにも少し慣れてしまった気がする。


 ゼルヴォードは少し離れたところに立っていたが、やがてこちらへ歩み寄る。


「ラグネア」

「ああ」


 呼ばれて向き直ると、ゼルヴォードは小さな箱を一つだけ差し出した。


 細長い、簡素な箱だった。


「持っていけ」

「何だ、これ」


 開けば、中にはイヤリングが一つだけ入っていた。


 飾り気は少ない。

 だがゼルヴォードが渡すものだ。ただの装飾品であるはずがない。


「魔力酔い避けだ」

「魔力酔い?」

「長距離移動だろうが。列車でも、土地を跨げば魔力の流れが変わる。慣れてないと酔う奴もいる」

「……そんなものまであるのか」

「ある」


 ゼルヴォードは短く言った。


「一つで十分だ。耳につけろ」

「片方だけか」

「二つ要らん」

「そういうものか」

「そういうものだ」


 ラグネアは箱の中のイヤリングをしばらく見つめてから、やがて受け取った。


「ありがたくもらっておく」

「失くすなよ」

「善処する」

「善処で済ませるな」

「努力はする」


 ラグネアの返しに、ゼルヴォードは呆れたように鼻を鳴らした。


 だが、その顔はいつものように大きくは変わらない。


 それでもラグネアには分かった。

 この男なりの選別であり、餞別なのだと。


 ラズネリアがそのやり取りを横で見ながら、妙に面白そうな顔をした。


「ふむ」

「何だ」

「いや、随分と気の利いたものを渡すのじゃと思うての」

「別に大したものじゃない」

「本当にそうかの?」


 ゼルヴォードはそれ以上返さなかった。


 ちょうどその時、魔導列車が低い音を立ててホームへ滑り込んできた。


 鉄と魔石でできた車体がゆっくり減速し、蒸気が薄く流れる。

 停車の合図と共に、乗客たちが動き始めた。


 ラグネアは列車を見てから、改めて四人へ向き直る。


「世話になった」

「こちらこそ、面白かったです」

「研究対象としても、なかなか興味深かったですね」

「おい」

「半分冗談です」

「半分か」


 カリーナの返しに、ラグネアは小さく笑う。


 フェルミナが少しだけ寂しそうに言った。


「また来てくださいね」

「ああ」

「今度はもう少し穏やかな時に」

「それは保証できないな」

「そこは保証してくださいよ」


 その言葉に、ラグネアは肩をすくめた。


 最後に、ゼルヴォードを見る。


 ラグネアは少しだけ黙って、それから真っ直ぐに頭を下げた。


「……ありがとう」

「礼はもう聞いた」

「もう一度言いたくなっただけだ」

「そうか」


 短い返事だった。

 だが、それで十分だった。


 ラグネアは列車へ乗り込む。


 扉の手前で一度だけ振り返ると、フェルミナが大きく手を振っていた。カリーナは少し控えめに、ラズネリアはただ立ったまま、ゼルヴォードは相変わらず大きくは動かない。


 ラグネアはふっと笑う。


「悪くない旅だった」


 誰に聞かせるでもなく呟いて、そのまま車内へ入った。


     ◇


 列車が走り去った後、ホームには少しだけ静けさが戻った。


 フェルミナが名残惜しそうに線路の先を見る。


「行っちゃったね」

「行きましたね」

「また来るかな」

「来るかもしれんし、来ないかもしれん」

「ゼルさん、その言い方、当たり前すぎます」

「当たり前のことだからな」


 ゼルヴォードの返しはいつも通りだった。


 その横で、ラズネリアがふと口を開く。


「で?」


 ゼルヴォードが嫌そうに視線を向ける。


「何だ?」

「あのイヤリングじゃ」


 ラズネリアは面白そうに目を細める。


「魔力酔い避け、だけではあるまい」

「……」

「どんな品なんじゃ?」


 少しの沈黙のあと、ゼルヴォードは低く息を吐いた。


「装備者が死ぬと確定した時に割れる」

「ほう」

「一度だけ、身代わりになる」

「やはりの」


 ラズネリアは満足げに頷いた。


 フェルミナが目を瞬かせる。


「えっ?」

「そんなすごいものだったんですか?」

「大げさに言うな。一回きりだ」

「一回で十分すごいですよ」

「そうです。十分どころではありません」


 カリーナまで珍しくきっぱり言う。


 ゼルヴォードは面倒そうに眉を寄せた。


「死なせるよりはましだろう」

「そういうものを、さらっと渡すのが本当にこの人らしいの」


 ラズネリアはくつくつと笑った。


「気に入ったのか?」

「そこまでではない。ただ、ああいう者には悪くない餞別じゃと思うただけじゃ」

「そうかよ」


 ゼルヴォードはそれ以上話を広げなかった。


 だが、その視線はしばらく列車の去った方角へ残っていた。


     ◇


 ――それから後。


 ラグネア・ヴェルの名は、遠い国々でも少しずつ知られるようになっていった。


 赤黒の大剣を振るう女冒険者。

 レッド級に至り、その中でもさらに上位へ近づいていく実力者。


 そう評する者も増えた。


 だが、ラグネア自身はそうした声を聞いても、大きく胸を張ることはなかった。


 若い冒険者に実力を問われた時も、少し考えてからこう言うだけだった。


「私なんかより上は、もっといるんだよ」


 相手は冗談だと思うこともあった。

 あるいは謙遜だと受け取ることもあった。


 だがラグネアにとって、それは事実だった。


 世界は広い。

 目に見える強者だけが強者ではない。

 名を上げる者もいれば、名を上げずに生きている者もいる。


 隠れた実力者など、案外どこにでもいる。


 ただ、自分がまだそこまで辿り着いていないだけだ。


 だからラグネアは旅を続けた。


 自分の答えを探すために。

 納得できる場所まで、自分の人生という冒険を続けるために。


 背にあるドラグラギアは、赤黒の刀身の中心に蒼白の芯を宿したまま、静かに揺れていた。


 その重さは、もうただの武器の重さではない。


 旅の中で得たもの。

 越えたもの。

 まだ越えられていないもの。


 その全部を抱えたまま、ラグネアは前へ進んでいく。


 答えはまだ途中だ。


 けれど、それでいい。


 途中のままでも、自分で選んで進んでいく。

 そう決めたのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ