第2話:剣は消耗品だ
アイアン・クローの巨体が、血飛沫を撒き散らしながら地面に崩れ落ちた。
──静寂。
地に伏した魔獣からは、もはや一切の気配が感じられない。
戦いの熱気が一気に冷え、森には風のざわめきだけが響く。
冒険者たちは、呆然としたまま動けずにいた。
戦士は、自分の盾と、旅人──ゼルヴォードの剣を交互に見比べる。
目の前の光景を信じられないという表情だ。
「……そんなバカな。アイアン・クローを、普通のロングソードで……?」
彼の言葉に、短剣使いと魔術師もはっと我に返る。
三人とも、ゼルヴォードの剣に注目した。
その剣は、確かに特別な装飾もなく、名工の手による名剣でもない。
どこにでもあるロングソード。
剣を握る者なら誰でも知っている、ごくありふれた武器。
そんな剣で、どうして一撃で魔獣を斬り伏せられるのか?
ゼルヴォードは、彼らの視線を気にすることなく、無造作に剣を振り、血を払い落とす。
しかし──
カチリ。
妙な感触が、手に伝わった。
(……そろそろ限界か)
ゆっくりと剣を抜き直し、刃の状態を確かめる。
魔獣の硬い毛皮を切り裂いた刃は、すでに無数の欠けが生じていた。
先端はわずかに歪み、刃こぼれの跡がはっきりと見て取れる。
(研ぎに研いで使い続けてきたが……さすがに寿命だな)
長年愛用してきた剣。
こまめに手入れしていたおかげで、ここまで使い続けられた。
だが、いくら手入れを怠らなかったとはいえ、ついに限界が訪れたのだ。
「どうしたの?」
短剣使いの少女が、不思議そうに尋ねた。
「いや……」
バキィッ──!
唐突に響く金属の割れる音。
ゼルヴォードのロングソードは、根本から折れた。
「……」
ゼルヴォードは、折れた剣を見つめ、静かに溜息をついた。
(さすがに使いすぎたな……)
刃は磨耗し尽くし、もはや研いでも意味がない状態だった。
長年、戦場で使い続け、数え切れないほどの敵を斬ってきた。
どんな名剣でも、道具である以上、いずれ壊れる運命にある。
戦士が驚愕の表情を浮かべる。
「……え? あんたの剣、ほんとに普通のロングソードだったのか?」
「そりゃそうだ。どこにでもある、量産品だぜ」
「でも、アイアン・クローを真っ二つに……?」
ゼルヴォードは、折れた剣を放り投げると、戦士の武器に視線を向けた。
「……お前ら、ちゃんと武器の手入れしてるか?」
短剣使いが戸惑う。
「手入れ? いや、ギルドで定期的に研いでもらってるし……」
ゼルヴォードは、戦士の剣を指差す。
「刃が丸まってる。これじゃ斬れ味は半減だな」
「え……?」
戦士は自分の剣をまじまじと見つめる。
確かに、よく見ると刃の先が摩耗して丸くなっている。
次に、ゼルヴォードは魔術師の杖を見た。
表面には微細なひび割れが走り、宝石の輝きも鈍くなっている。
彼は呆れたように首を振る。
「こっちもひどいな。魔力伝導率が落ちてる。お前、最近魔法の精度落ちてるだろ?」
魔術師は青ざめる。
「な、なんで分かるんだ……?」
「見りゃ分かる。杖のコアが劣化してる。魔力の流れが悪くなれば、魔法の威力も落ちるさ」
ゼルヴォードは肩をすくめる。
「剣の刃は消耗品だ。どんな武器も、放っておけば壊れる」
「……」
「まあ、戦士ってのは強くなることばかり考えて、武器の方は疎かにするもんだが……」
短剣使いが、じっとゼルヴォードを見つめる。
「……もしかして、あんた……」
(……おっと、余計なことを言いすぎたな)
ゼルヴォードは誤魔化すように、折れた剣を軽く掲げた。
「ま、俺もこのザマだ。新しい剣を探さねぇとな」
ゼルヴォードは、ふと冒険者たちに尋ねた。
「そういや、この辺に街はあるか?」
戦士が答える。
「3日くらい行けば、ルナエスト王国に着くぞ」
「ルナエスト王国?」
魔術師が説明を加える。
「交易の要所で、様々な施設が集まる大都市だよ。
中央ギルドもあって、俺たちもそこから調査依頼を受けてたんだ」
短剣使いが頷く。
「それで森を調査してたんだけど……まさか、あんなモンスターと鉢合わせするとはね」
ゼルヴォードは顎に手を当て、考え込む。
(ギルドの拠点があるなら、情報収集にはもってこいだな)
ルナエスト王国の中央ギルドには、冒険者だけでなく、傭兵、鍛冶屋、商人、学者など様々な職種が集まる。
鍛冶の技術や、武具の流通に関する情報も得られるかもしれない。
(鍛冶屋を開くには悪くねぇ場所かもしれねぇな)
ゼルヴォードは、小さく頷いた。
「……よし。そこを目指すか」
そう呟くと、ゼルヴォードは折れた剣を腰の鞘にしまい、歩き出した。
彼の後ろには、まだ驚きを隠せない冒険者たちが続いていく。
彼らの旅は、まだ始まったばかりだった。