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第173話:記録されるべきもの

「……ここで、一晩過ごす」


 ゼルヴォードがそう判断したのは、

 霧が完全に晴れ、空気が澄みはじめた直後だった。


 霊銀結晶体の輝きが見えてから、誰もすぐには動こうとしなかった。

 戦いの疲労が残っていたこともある。

 けれどそれ以上に、この場所に流れる“何か”が、皆の動きを自然と止めていた。


「休むってこと……?」


 ノーラが問うと、ゼルヴォードは短くうなずいた。


「無理に進んで、この地を乱したくない。

 回復と調整を兼ねて、最低限の作業範囲を整える」


 セイヤが小さく息を吐きながら言った。


「……納得。精神的にも、まだ張り詰めてる状態だ。

 情報処理が追いついてない」


「設営は俺がやる。半径十メートル以内には結晶の影響が出るかもしれん。

 幕の張り方、距離は徹底しろ」


 グレイヴはすでに荷を解き、簡易テントと火具を準備していた。


「ミリナはベース地点の回復陣を維持しておけ。ルフリア経由で連絡は回す」


 《了解〜……あたしは静かに寝るから、夜番よろしくね……》(ミリナ・ルフリア越し)


 ゼルヴォードは最後に結晶体へ目を向けた。

 あの不思議な“呼吸する光”は、ただ静かにそこにあり続けている。


「……記録されるべきものは、すぐに壊すべきじゃない。

 一度、呼吸を合わせる。それからでいい」


 その判断を誰も否定せず、誰も急がなかった。

 こうして、彼らは霊銀結晶体のもとで、ただ一晩を静かに過ごすことを選んだ。


 雪がやんだ。


 風も止んでいた。

 霧の厚みも、もうない。

 あたりは、ただ静かだった。


 ゼルヴォードは霊銀結晶の前に立ったまま、周囲を見渡した。

 中心の核は、相変わらず淡く光を放っている。


 それは、まるで息をしているかのようだった。


「本体には、触れない。……残す」


 その言葉は、チーム全員に向けられたものではなかった。

 ただ、自分自身にそう言い聞かせるように、ゼルヴォードは呟いた。


 ノーラとセイヤが静かにうなずく。


「じゃあ、何を?」


 グレイヴが視線を走らせながら問いかける。


 ゼルヴォードは一歩後退し、周囲の岩盤へと目を向けた。


 そこには、岩の割れ目から伸びるように成長した、

 細く尖った銀色の結晶体が複数見えた。


 霊銀原石。


 中心の結晶と比べれば、魔力の密度も穏やかで、構造も安定している。

 触れても問題はなく、慎重に扱えば採取が可能なはずだった。


「成長した外殻部。周囲の魔力を吸って、時間をかけて定着したものだ」


 ゼルヴォードは採取用の封布を手に取ると、ノーラに渡す。


「これを巻いて、根元から断て。力は使うな。道具で削る」


「……了解」


 ノーラは道具袋から小型の採掘ノミとハンマーを取り出し、

 結晶にそっと手を近づけた。


「……これ、冷たいのに、温かいような……」


「霊銀は魔力を緩やかに共鳴させる。精神波に反応することもある。

 持ち帰ったら、誰が触るかで性質が変わるぞ」


 セイヤが周囲を監視しながらぼそりと呟いた。


「つまり、相性次第ってことか」


 グレイヴは低く鼻を鳴らす。


「めんどくせぇが、そういうのほど高値で売れるんだよな」


「売るために来たんじゃないだろ」


「わかってら。……けどさ、そう思わなきゃ触れねぇ素材ってのもあるんだよ」


 道具の音が静かに響く。


 カン……カン……と、薄い岩盤を削る音が雪の上に広がる。


 ノーラの指先が慎重に結晶の根元をなぞり、数本の霊銀原石を封布に巻いていく。


 セイヤが魔力の流れを見ながら、小さく呟いた。


「……さっきの魔獣、やっぱりこの場所で死んだ連中の……?」


 誰もすぐには答えなかった。


 ミリナの声がルフリアを通して届く。


 《……それ、持って帰ってどうするの?》


 ゼルヴォードは少しだけ間を置いて答えた。


「見せる。……“ここに何があったのか”を、他の誰かに伝えるために」


 ノーラが、最後の一片を包み終える。


「それで……十分かな」


 ゼルヴォードはうなずいた。


「十分だ。――戻るぞ」


 彼らは背を向けた。


 その背後、霊銀結晶体は何も言わず、

 ただ静かに――そこに存在し続けていた。

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