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第156話:耳に宿る魔導の声

 王都の西に位置する魔導士ギルドの研究棟。

 秋を越えて冬の気配が色濃くなるこの日、ゼルヴォード・カレグスはその重厚な扉を押し開けた。


 馴染みのある石造りの廊下、魔力を帯びた結晶灯が淡く揺れる天井。

 鍛冶場とは異なる空気の中を、彼は無言で歩いていく。


 目指すは研究棟の奥、ギルドマスター・アステリア・ルーメンが使用する私室──

 魔導と知識の拠点にして、最先端の実験と試作が日々行われている場所。


 扉をノックするまでもなく、内側から声が響いた。


「……入って。あなたでしょ、ゼルヴォード」


 予想通りの反応に、彼は微かに口の端を上げた。


 室内には、棚という棚に魔導書や巻物、試薬瓶が並べられ、

 空中には無重力浮遊している魔導具のパーツまでもがちらほら見える。

 だが、その混沌の中心には、ひときわ整った机と静かに立つ銀髪の女性がいた。


 アステリア・ルーメン。

 魔導士ギルドの現ギルドマスターにして、“魔力の構造そのものを解読する”と称される天才。


「来たってことは、例の山の準備、進めてるのね?」


 彼女の問いに、ゼルヴォードは黙って小さな布包みを机に置く。

 中には、丁寧に研磨された小結晶の芯材と、軽く焼き締めの施された金属パーツ。


「霊峰アルゼンに行く。単独じゃない、複数人での遠征だ。

 連携を取るために必要なものがある──“耳飾型の通信用魔導具”を作りたい」


 アステリアはその言葉にまったく驚かなかった。

 むしろ、軽く息をつくと、手近の資料棚から数枚の設計図を引き出す。


「魔力共鳴式通話具。すでに構想はあるのよ。

 灰銀晶を使って、魔力の波長をピンポイントで合わせる形。

 使用者が“話したい”と意識したときだけ微量の魔力が流れて、対となる装置に伝わる」


「骨導式と併用すれば、音の明瞭度も上がる。

 あとは、装着感と耐久性か」


 ゼルヴォードは、設計図の一部に目を落としながら言った。


「重くても駄目、壊れやすくても論外だ。

 吹雪の中、外す余裕なんかない。

 耳に掛けるだけで、ずっと身に着けていられるやつが欲しい」


 アステリアはその言葉に頷きつつ、ふと設計図の余白に何かを書き込む。

 そこには──滑らかな筆記で、ひとつの単語が記された。


 〈ルフリア〉


「名前をつけましょう。“ルフリア”。古代語で“光が伝える声”という意味よ」


 ゼルヴォードはその言葉に眉を上げ、すぐに静かに頷いた。


「悪くねぇな。意味も響きも、ちょうどいい」


 魔力で繋ぐ、命を守る通信装置。

 それは、声を“伝える”だけでなく、“届けるため”のもの。

 ただの連絡道具ではなく、“遠征に必要な仲間の絆”そのものだった。


 アステリアは机の上に灰銀晶を置き、

 ゼルヴォードが持ち込んだ芯材に指先で魔力を流し込んでいく。


 炉のような熱はない。

 だが、確かな“形”が、魔導と鍛冶の手で成されようとしていた。


「灰銀晶は脆いけれど、魔力の振動に正確に応える素材。

 共鳴構造を作れば、魔力乱流の中でも精度の高い通話が可能になるわ」


「芯材の焼き締めは俺がやる。

 冷気にも負けないように加工は済ませてある」


「よく分かってるじゃない。……それと、ひとつ、追加提案があるわ」


「何だ?」


 アステリアは表情を改め、別の小結晶を取り出した。


「霊峰アルゼンの魔力環境では、“精神干渉”も確認されてる。

 幻聴、混濁、魔力依存型の思考浸蝕……

 軽度なものなら、結界符である程度の対応はできるはず」


 ゼルヴォードはわずかに目を細めた。


「精神防御か……その手の魔導具は、扱いが難しいと聞いたが」


「完全な防壁じゃない。だけど、“最初の一撃”を防げるだけでも意味がある。

 この〈ルフリア〉に、“ルクシール式安定結界”を組み込む。

 異常な思考流入を検出した場合、魔力を反転させて遮断するように設計できるわ」


 彼はしばらく考え込んだが、やがて、ゆっくりと頷いた。


「……頼む。それで、連れて行く連中を守れるなら、やらない理由はねぇ」




 作業机に戻ったアステリアは、符を展開し、試作のための魔力構成を一枚一枚刻んでいく。

 ゼルヴォードも隣で、炉の熱を調整しながら芯材を鍛え直す。


 ふたりの手が交差し、火花と光が重なった瞬間──

 確かに、“ただの道具”とは違う、命を繋ぐ術が生まれようとしていた。

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