第139話:帰還、そして怒りの追及
長い旅路を終え、ゼルヴォードはようやく王都へと戻ってきた。
火山地帯から持ち帰った陽炎の原石、陽炎芋、炎樽酒、そして回収した数々の素材を荷台に積んだまま、工房の前へと辿り着く。
「ようやく帰ってきたか……」
旅の疲れがじわじわと体に染みるが、まずは荷物の整理と報告を済ませる必要がある。
鋼牙馬の手綱を繋ぎ、荷を降ろし始めたその時——
「ゼルさんっっ!!!」
「ゼルヴォードさん!!!!」
怒気を帯びた声が、工房の扉を勢いよく開け放つと同時に響き渡った。
振り向くと、フィルミナとカリーナが鬼のような形相で立っていた。
突然の説教タイム
フィルミナはゼルヴォードに向かってズカズカと詰め寄り、カリーナも腕を組んで睨んでいる。
工房の扉の外で待ち構えていたらしく、逃げ道はない。
「いきなりいなくなるなんて、どういうことですか!?」
フィルミナが怒りを抑えきれない様子で詰め寄る。
普段は落ち着いた態度を崩さない彼女だが、今回ばかりは相当心配したようだ。
カリーナは冷静に、だが呆れたような口調でため息をつく。
「ゼルヴォードさん、さすがに今回は説明してもらいますよ。鍛冶屋ギルドに顔を出したと思ったら、気づいたら行方不明になっていたんですからね」
ゼルヴォードは少し肩をすくめ、荷台の陽炎芋を指し示す。
「火山まで行って、いろいろ回収してきたんだ」
しかし、その一言では当然収まらない。
フィルミナがさらに詰め寄る。
「それなら、なぜ一言も伝えずに出ていったんですか!?」
ゼルヴォードは眉を寄せる。
「いや、急ぎの用だったしな。いちいち言って回るのも面倒だったんだ」
その言葉に、フィルミナの表情がピクリと引きつる。
「面倒……!? わたし達がどれだけ心配したと思ってるんですか!!」
「……ぐっ」
さすがに「面倒」という表現はまずかったらしい。
フィルミナの目が少し潤んでいるのを見て、ゼルヴォードは軽くため息をついた。
カリーナは冷静にしつつも、容赦なく指摘を入れる。
「ゼルヴォードさん、いつもそうですが、あなたの 'なんとかなる' は他人には通じません。
今回はたまたま無事に帰ってきましたけど、そうじゃなかった場合のことは考えましたか?」
ゼルヴォードは少し考えた後、静かに答える。
「まあ、なんとかするつもりだったさ」
カリーナは額を押さえ、呆れたようにため息をついた。
「……ほらね、やっぱりこういう返答が返ってくるんですよ」
その時、フィルミナが思い出したように口を開いた。
「……もう、アステリアさんから聞きました」
ゼルヴォードは一瞬目を細める。
「ほう……アステリアがな」
どうやら、魔導士ギルドに顔を出した際に、ゼルヴォードが火山へ向かったことを知ったらしい。
カリーナは腕を組みながら、少し困ったように首を振る。
「アステリアさんがわざわざ教えてくれましたよ。 'またゼルヴォードさんが妙なことをしに行ったらしい' ってね」
ゼルヴォードは内心で苦笑する。
アステリアがその辺りの事情を説明してくれたなら、いくらか誤解は解けたはずだ。
フィルミナはそれでも納得できない様子で頬を膨らませる。
「せめて、一言くらい置き手紙でも残してほしかったです……」
ゼルヴォードは渋々頷く。
「……次から気をつける」
フィルミナとカリーナはしばらく不満そうにしていたが、ゼルヴォードの素直な反応を見て、ようやく態度を和らげた。
フィルミナはため息をつきながら、荷台の中の荷物に目をやる。
「これは……?」
ゼルヴォードは手短に説明する。
陽炎の原石、陽炎芋、火山地帯で回収した魔力を帯びた植物や鉱石など——
カリーナが手早く陽炎の原石を手に取ると、その表面をまじまじと観察し始めた。
しかし、その間も彼女の表情は冷たいままだ。
「……確かに、これは珍しい素材ですね。雪山での活動に役立つでしょうけど……それと、ゼルヴォードさんが突然いなくなったことは別の話です」
ゼルヴォードが何か言うよりも早く、フィルミナが頬を膨らませる。
「そうですよ! いくら無事に戻ってきたからって、そんなに簡単に済むと思わないでください!」
ゼルヴォードは苦笑しながら肩をすくめる。
「もう十分怒られた気がするんだが……」
しかし、カリーナは容赦がない。
「いいえ、まだまだ足りません。ゼルヴォードさん、これからどうするつもりなんですか?」
「どうするって……?」
ゼルヴォードが眉を寄せると、カリーナは静かに腕を組み、じっとこちらを見据える。
「謝罪の一つや二つで許されると思わないでください。女性の怒りはそんなに甘くないんですよ」
「……なるほど、手強いな」
ゼルヴォードは心の中でため息をつく。
火山で熾烈な戦いを繰り広げた時よりも、今のほうが緊張するのは気のせいではないだろう。
フィルミナも腕を組み、少しだけ頬を膨らませたまま、じとっとした視線を向けてくる。
(……どうにかして、機嫌を直してもらう方法を考えたほうがよさそうだな)
ゼルヴォードは、まだ続く気まずい空気の中、何か手を打たなければならないと悟ったのだった。




