第137話:火山地帯の帰路
火山酒蔵「炎樽酒造」を後にし、ゼルヴォードは鋼牙馬の手綱を軽く引いた。
荷台には炎樽の酒樽と瓶詰めの酒10本、それに陽炎芋の入った籠がしっかりと固定されている。
「さて、帰るとするか」
陽炎の原石、陽炎芋、炎樽酒——今回の目的はすべて達成した。
急ぐ理由はない。
せっかくだから、この火山地帯の風景を楽しみながら帰ることにした。
火山の山道を下るにつれ、噴気孔から立ち上る白い蒸気がゆらゆらと揺れていた。
時折、足元の岩がぼそりと崩れ、地熱で温められた空気がふわりと漂う。
山肌はごつごつとした黒褐色の岩盤で覆われ、ところどころに赤みがかった溶岩の痕跡が残っている。
かつて噴火した際に流れ出たマグマが冷え固まり、奇妙な模様を描いている場所もあった。
ゼルヴォードはその景色をぼんやりと眺めながら、手綱を緩める。
「ここも随分と荒れてるな……」
火山活動が活発な地域ではあるが、それでも道は険しく、長年人の手が入っていない場所も多い。
人の足が遠のいた場所では、岩陰から奇妙な赤黒い植物が生えているのが見えた。
ゼルヴォードは馬を止め、その植物に近づく。
「……魔力を帯びた植物か?」
葉の表面が黒く焼け焦げたように見えながらも、根元には赤い発光を伴う実がいくつもなっている。
触れてみると、ほんのりとした温かさを感じた。
(もしかすると、熱を帯びる特性を持った素材かもしれないな)
どのみち戻ったらリュシアに陽炎の原石と陽炎芋を渡すついでに、こうした素材についても調べてもらうつもりだった。
アステリアに持ち込めば、魔導士ギルドの研究対象になる可能性もある。
「……持ち帰るか」
ゼルヴォードは手際よく赤い実をいくつか収穫し、乾燥しないように袋に詰めると、再び馬を進ませた。
火山の熱を感じながら進んでいると、ふと、小さな影が岩の隙間を走り抜けた。
ゼルヴォードは軽く視線を向ける。
それは火山トカゲと呼ばれる、小型の魔獣だった。
全身が黒く、鱗は岩肌に擬態するようにごつごつとしている。
時折、口から白い蒸気を吐きながら、素早く岩の間を移動していった。
「こいつらは危険じゃない……が、よく生きていられるもんだな」
火山地帯は過酷な環境だ。
高温の地熱、硫黄の濃い空気、降り注ぐ火山灰——それでも生き物たちはしたたかに生き続けている。
道端には、先ほどの火山トカゲがかじったと思われる赤い果実の殻が落ちていた。
おそらく、地下の熱を利用して育つ植物の実だろう。
ゼルヴォードはそれを軽く足で転がし、考える。
(この実も、魔力を帯びている可能性があるな)
せっかくなので、火山地帯特有のものはすべて回収しておくことにした。
あとで調べて役に立つかもしれない。
ゼルヴォードは赤い果実の殻を拾い、慎重に袋へと入れた。
しばらく進むと、火山の斜面がなだらかになり、視界が開けた。
眼下には、山を越えた先に広がる王都の街並みが見える。
王都は火山地帯からはやや離れた場所に位置しており、建物の屋根が夕日に照らされて赤く染まっているのがわかった。
「……そろそろ半分くらいか」
この辺りまで来ると、火山地帯特有の熱気も和らぎ、涼しい風が頬をかすめる。
山道を越えれば、あとは街道に合流し、比較的安全な道を進むだけだった。
ゼルヴォードは手綱を軽く引き、馬の歩みを緩める。
遠くに見える王都の景色をじっくりと眺めながら、ふと考えた。
(帰ったら、極寒耐性ポーションの精製に取りかかるか……)
陽炎の原石も、陽炎芋も手に入れた。
あとは、それらを使ってポーションを作ることになる。
鍛冶師としての本職とは異なるが、素材の特性を見極め、それを活かすという意味では、鍛冶も錬金も似たようなものだ。
「……さて、もうひと頑張りするか」
ゼルヴォードはそう呟くと、再び馬を進ませた。




