第13話:新たな工房と最初の客
「じゃあ、これにするか」
ゼルヴォードは職員が提示した物件の中から、職人街の外れにある広い工房を選んだ。
「こちらですね。立地は王都の端になりますが、設備は充実しています。
鍛冶炉、金床、工具類は一通り揃っており、追加の設備も自由に持ち込めます」
職員が契約書を手早く整え、ゼルヴォードに差し出した。
「問題なければ、こちらに署名をお願いします」
「おう」
ゼルヴォードは書類をざっと確認し、特に不備がないことを確認してサインをする。
「では、契約完了です。こちらが工房の鍵になります」
職員から鉄製の鍵を受け取り、ゼルヴォードはそれを指で弄びながら立ち上がった。
「早速、見に行くか」
◆新たな拠点──工房「カレグス鍛冶工房」
ゼルヴォードは王都の職人街を抜け、少し奥まった場所へと向かった。
(確かに、ギルドや市場からは少し距離があるな……)
周囲には他の工房や作業場もあるが、大通りからは外れているため、客足はそこまで多くなさそうだ。
しかし、その分、鍛冶の作業に集中できる環境が整っている。
(まぁ、俺はガヤガヤした場所より、こっちの方が落ち着くな)
鍵を差し込み、扉を開く。
──ガチャッ
中には広めの作業スペースと、立派な鍛冶炉があった。
古びた部分もあるが、手入れすれば問題なく使えそうだ。
「悪くねぇな」
ゼルヴォードは炉の温度調整を確認しながら、工房全体を見渡した。
■ 設備一覧
鍛冶炉(温度調整可能)
金床(大小2種類)
工具セット(槌、やすり、研ぎ石など)
材料置き場(最低限の鉄材あり)
(まずは、こいつを俺向けにカスタムしていくか)
ゼルヴォードは鍛冶場を軽く整えながら、工房を"自分の作業場"として仕上げていくことを考えた。
工房の整理を始めて数時間後──
「──すみません、ここってもう営業してますか?」
工房の入口から、控えめな声が聞こえた。
ゼルヴォードが顔を上げると、冒険者風の男が立っていた。
20代前半くらいの短髪の青年で、身に着けている装備はそれなりに使い込まれているが、手入れは行き届いている。
胸元にはギルドのブラウン級のバッジが光っていた。
「ん? もう依頼か?」
「い、いや、そういうわけじゃなくて……武器の修理をお願いできるかと思って」
男は戸惑ったように言いながら、鞘から刃こぼれした片手剣を取り出した。
ゼルヴォードは剣を受け取り、一瞥する。
(この刃……質は悪くないが、かなり酷使されてるな)
「使いすぎてボロボロって感じだな。買い替えは考えてねぇのか?」
男は苦笑いしながら首を振る。
「この剣、師匠から譲られたものなんです。だから、できるだけ長く使いたくて……」
ゼルヴォードは刃をじっくりと観察し、修理の方法を考える。
(ふむ……鍛え直せばまだ使えるが、完全に新品みたいには戻せねぇな)
ゼルヴォードは男に視線を向け、軽く顎をしゃくった。
「直せるが、完全に元通りにはできねぇ。それでもいいか?」
男はすぐに頷いた。
「もちろんです! どれくらい時間がかかりますか?」
ゼルヴォードは刃の状態を見て、計算する。
「簡単な修理なら数時間、鍛え直すなら半日ってとこだな」
「お願いします!」
男は深く頭を下げたが、そこでふと気づいたように顔を上げる。
「あ、すみません! まだ自己紹介してませんでしたね」
男は軽く胸を叩きながら名乗った。
「俺はエリック・ハウザー。ブラウン級の冒険者です。
王都を拠点にして、主に護衛や小規模な討伐の仕事を受けています」
ゼルヴォードも頷き、名乗る。
「ゼルヴォード・カレグスだ。こっちじゃまだ無名だが、鍛冶をやってる」
エリックはゼルヴォードの手を見て、納得したように頷いた。
「鍛冶師の手ですね。手入れされてるけど、長年武器を扱ってきた痕跡がある」
「まぁな。戦場で使う武器がどんなもんか、よく知ってる」
ゼルヴォードが軽く笑うと、エリックもどこか安心したように笑った。
「じゃあ、仕事開始だな」
ゼルヴォードは片手剣を持ち上げ、新たな工房での最初の仕事に取り掛かった。




