第131話:熾炎突槍 vs 熱風魔獣
熱風魔獣が岩陰から姿を現した瞬間、ゼルヴォードは即座に槍の柄を握った。
熾炎突槍——火山地帯の戦闘を想定し、自ら鍛えた耐熱合金製の槍。
2メートル近い長さを持ち、刀身には熱を逃がす特殊加工が施され、炎を帯びた敵との戦闘にも耐えうる設計だ。
魔獣は地面を強く踏みしめ、四肢の関節から噴煙を吹き上げた。
その熱気だけで地面の岩がじりじりと焼かれ、わずかに焦げた臭いが漂ってくる。
ゼルヴォードは軽く手綱を引き、鋼牙馬をその場で停止させると、魔獣の挙動を冷静に観察した。
(なるほどな……短期決戦が求められる相手か)
熱風魔獣は長時間の持久戦には向かない。
だが、機動力と爆発的な瞬発力に優れ、一度でも炎を浴びれば大ダメージは避けられない。
「なら、一撃で仕留める!」
ゼルヴォードは熾炎突槍を構え、鋼牙馬の腹を軽く蹴ると、一気に前へと飛び出した。
「ゴオオオオッ!!」
魔獣は唸り声を上げると、四肢の噴煙を利用しながら爆発的な速度で突進してきた。
その動きは、まるで一瞬で距離を詰めるかのような錯覚を起こさせるほど速い。
ゼルヴォードはすぐさま槍の柄を回転させ、迎撃態勢を取る。
「ふっ——!」
槍の穂先を下げ、突進してくる魔獣の方向へと狙いを定める。
リーチを活かし、相手の動きに合わせて先制攻撃を仕掛けるつもりだった。
しかし——
「——チッ、フェイントか!」
魔獣は突進するフリをしながら、寸前で急ブレーキをかけ、前足で地面を強く踏みしめる。
すると、足元の火山岩が砕け、そこから高熱の蒸気が爆発的に噴き出した!
——シュウウウウウッ!!!
ゼルヴォードの視界を奪うように、濃密な蒸気が辺りに広がる。
(なるほど、こうやって相手の視界を潰すのか。)
この魔獣はただ突進するだけではなく、地熱や地形を利用して相手の動きを封じる戦術を取ってくる。
「なら——そんな手には乗らねぇ!」
ゼルヴォードは視界が奪われた瞬間、逆に好機と捉えた。
(蒸気の中から攻めてくるなら、攻撃の方向は限定される……)
右か、左か、あるいは真上か——
一瞬、全身の神経を研ぎ澄ませる。
その刹那——
——ゴッ!!
蒸気の中から、炎を纏った魔獣の爪が閃く!
ゼルヴォードは迷わず槍の柄を握り直し、すかさず槍の穂先を突き出した。
ズバァッ!!
熾炎突槍の鋭い穂先が、魔獣の肩口へと突き刺さる。
「ガウゥゥゥッ!!」
魔獣は苦痛の咆哮を上げ、その場で身をよじらせた。
高温の体液が飛び散り、岩場に落ちるとジュウウウッと音を立てて蒸発する。
(やはり槍のリーチは大きな武器になる……!)
だが、魔獣は即座に跳躍し、傷ついた肩を庇いながら後退した。
まだ戦意を失ってはいない。
ゼルヴォードは槍を構え直し、さらに畳みかけるべく馬を前進させる。
魔獣は再び低く身を沈めた。
その動きから、まだ戦うつもりなのは明白だった。
しかし、ゼルヴォードは既に魔獣の行動パターンを見切っていた。
(この距離、この地形——お前の次の動きは読めている)
彼は鋼牙馬を軽く叩き、助走をつけて槍を構える。
この魔獣が次に動くのは、左右のどちらか。
ゼルヴォードはほんの一瞬、右へと体重をかける。
すると——
魔獣はその動きを察知し、反射的に左側から回り込もうとした。
だが、それこそが罠だった。
(……読めた!)
ゼルヴォードは一瞬で槍を左へと振り抜き、魔獣の横腹を鋭く抉った。
「グガァァァァッ!!」
魔獣は大きく仰け反り、地面へと崩れ落ちる。
大量の高温の体液が流れ、もはや立ち上がる力は残されていなかった。
ゼルヴォードは槍を軽く回し、最後に魔獣へ一瞥を送る。
「……終わりだな。」
魔獣はゼルヴォードを睨みつけるようにしていたが、次の瞬間、地面の割れ目へと身を沈め、そのまま火山の奥深くへと消えていった。
ゼルヴォードは槍を軽く振り、刃に付いた魔獣の血を地面へと払い落とす。
その動作一つにも、無駄のない静かな力が込められていた。
「……よし、行くか」
短く息を整えたあと、彼は鋼牙馬の手綱を握り直す。
筋肉質な黒馬が鼻を鳴らし、すでに次の行動を察しているようだった。
熱風魔獣との短い激戦を終えたことで、火山小屋までの道はようやく安全を取り戻した。
岩肌から立ち上る熱気は依然として厳しいが、それでも障害は一つ取り除かれた。
ゼルヴォードは腰の槍を確認しながら、再び馬に跨る。
目指すは、火山のふもとにある古びた山小屋。
そこに、陽炎の結晶――あの特殊な鉱石についての情報があるはずだ。
風が焼けた地表を撫で、陽炎がゆらめく中、鋼牙馬が力強く蹄を鳴らし始める。
ゼルヴォードはその背に揺られながら、険しい火山地帯へと向かっていった。
次は明日の10時で、4/6まで18時近辺で1話づつ入稿しました。




