第10話:新たな拠点と、エルフの弓使い
ゼルヴォードは冒険者ギルドの奥へ進み、物件窓口へ向かう前に、ふと足を止めた。
(……せっかくだ。依頼掲示板でも見ておくか)
ギルド中央に設置された巨大な掲示板には、びっしりと依頼が貼られている。
討伐、護衛、採集、探索、護送──あらゆる仕事が並ぶこの場所は、冒険者たちが"戦いの道"を決める分岐点でもある。
ゼルヴォードは、懐かしい気持ちで掲示板を眺めた。
(昔は、あの掲示板に貼られる前の依頼を受けてたな……)
ギルド最高位・レッド級。
それは、掲示板には載らない国の命運を左右するような依頼ばかりだった。
今、目の前にある依頼は、E級からサファイア級まで幅広い。
F級やE級の依頼は、スライム退治や薬草採取、簡単な護衛など。
逆に上位の依頼になればなるほど、対象がドラゴンの眷属や盗賊団の討伐になっていく。
(ブラウン級の連中が受けられる依頼は……まぁ、妥当な内容だな)
ゼルヴォードは軽く眺めながら、ふとサファイア級の依頼に目を止めた。
◆ 依頼内容:『古代遺跡・シルヴァリオンの探索』
・推奨ランク:サファイア級以上
・依頼主:学術協会
・目的:遺跡内部の安全確認、および調査員の護衛
・危険度:中(低級~中級モンスターの出現あり)
(……シルヴァリオン遺跡か)
ゼルヴォードはその名に覚えがあった。
かつてレッド級だった頃、近くの戦場を通ったことがある。
"そこに眠る遺物には、鍛冶技術のヒントになるものがある"という噂もあった。
「……おや? あなた、その依頼に興味があるの?」
澄んだ声が、ゼルヴォードの横から聞こえた。
◆ 弓使いの冒険者(サファイア級)
ゼルヴォードが視線を向けると、弓を背負った冒険者の女性が立っていた。
すらりとした長身に、落ち着いた雰囲気を持つ。
サファイア級のバッジが付いていることから、それなりの実力者なのだろう。
「いや、昔ちょっと近くを通ったことがあってな」
ゼルヴォードが軽く肩をすくめると、女性は少し目を細める。
「この依頼を受けるつもり?」
「いや、俺は冒険者じゃねぇからな」
「……なるほど、鍛冶師さん?」
ゼルヴォードは頷きつつ、彼女の背中にあるロングボウをちらりと見た。
「……お前、その弓、手入れはちゃんとしてるか?」
女性の表情が僅かに驚きに変わる。
「えっ? ええ、もちろん……」
「なら、少し構えてみろ」
女性は少し怪訝そうにしながらも、ロングボウを持ち、軽く構えてみせた。
ゼルヴォードは弓の握り部分に視線を落とすと、ため息をついた。
「お前、その弓、グリップ部分が微妙にずれてる。
撃つ時、ちょっと手首に違和感が出てるだろ?」
女性は驚いたようにゼルヴォードを見た。
「……まさか、そこまで分かるなんて」
「俺は鍛冶師だからな。武器のことはよく見てる」
女性は少し考え込むように弓を見つめた。
「確かに、最近少し違和感があったの。でも、調整しても治らなくて……」
「多分、グリップの木材が湿気を吸って微妙に歪んでる。
このままだと、長時間戦った時にズレが大きくなって、精度が落ちる」
ゼルヴォードの言葉に、女性は真剣な表情で頷いた。
「……ありがとう、助言感謝するわ」
「気にすんな。戦場で武器がズレるのは命に関わるからな」
女性はじっとゼルヴォードを見つめた後、小さく笑った。
「そういえば、名乗ってなかったわね。私はライラ・フェルディナンド。サファイア級の冒険者よ」
「ゼルヴォード・カレグスだ。鍛冶師をやってる」
「ゼルヴォード……覚えておくわ」
ライラは微笑みながら去っていった。
(……まぁ、悪くない出会いだったな)
そんなことを思いながら、ゼルヴォードは物件窓口へと向かった。