第104話:黒耀鉄─鍛冶師の限界を超える技術
「さて……こいつをどうするかだな」
ゼルヴォードは作業台の上に置かれた黒耀鉄の塊を睨みつける。
■黒耀鉄
ランク:A+
特性:極めて高い硬度と衝撃吸収性を持ち、通常の炉の温度では溶解しない
加工には特殊な技術が必要
フィルミナとカリーナは興味津々の様子で覗き込んでいる。
「見た目は普通の金属に見えるけど、何がそんなに違うんです?」
カリーナが指先で軽く表面を叩く。
──カンッ!!
指先が弾かれ、カリーナは驚いた表情を浮かべる。
「うわっ!? なんですか、この硬さ……!」
ゼルヴォードはハンマーを取り上げ、試しに軽く打ち下ろしてみる。
──ゴンッ!!
普通の金属ならわずかでも"たわみ"が生じるはずだ。
だが──
(……びくともしねぇ)
アステリアが隣で静かに頷いた。
「だから言ったでしょう? 『鍛えられる鍛冶師はいない』って」
ゼルヴォードは腕を組みながら考える。
「オルグの話じゃ、黒耀鉄は騎士団の主力装備に使われてるそうだが……」
アステリアが軽く眉を上げる。
「ええ、そのはずよ。騎士団の剣や鎧には黒耀鉄が使われていると聞いているわ。でも、それらは"鍛造"されているのではなく、"鋳造"による大量生産品よ」
ゼルヴォードはゆっくりと頷く。
「だろうな。黒耀鉄は元々、溶かして型に流し込むことで加工されてるんだろう。だが、それじゃ素材の本当の強度は引き出せねぇ」
アステリアが興味深そうにゼルヴォードを見つめた。
「ふふ、つまり"本物の鍛冶"で黒耀鉄を鍛えることで、まったく違うものを生み出すというわけね?」
ゼルヴォードはニヤリと笑った。
「その通り。溶かして固めた鉄なんざ、ただの"鋳鉄"だ。俺がやろうとしてるのは、"鍛造"による強度の最大化だ」
「まずは、できる限りの温度で加熱してみるか」
ゼルヴォードは黒耀鉄を鍛冶場の炉へと運ぶ。
「フィルミナ、炉の温度を最大まで上げろ」
「わかりました!」
ゴォォォォォッ!!
魔力炉の火力が最大まで上昇する。
通常の鋼なら、ここで真っ赤に熱され、やがて溶け始める。
だが──
黒耀鉄はまったく変化しない。
カリーナが呆れたように言う。
「……やっぱり、無理ですよね?」
ゼルヴォードは少し考えた後、"精融"を発動する。
彼の手のひらから淡い光が溢れ、炉の中の黒耀鉄を分析する。
(……なるほど。こいつは"熱"じゃなく"振動"で構造が変わるタイプか)
ゼルヴォードは目を細め、呟いた。
「……こいつは"熱で溶かす"んじゃなく、"叩き続けることで形を変える"タイプの金属だな」
フィルミナが驚いた顔をする。
「えっ、叩くだけで鍛えられるんですか?」
ゼルヴォードはニヤリと笑う。
「いや、"ただ叩くだけ"じゃ駄目だ。"正しい衝撃の加え方"が必要になる」
アステリアが興味深げに目を細めた。
「つまり、並の鍛冶師では扱えないということなのね」
ゼルヴォードはハンマーを手に取った。
「……まぁ、俺ならできるがな」
ゼルヴォードは黒耀鉄を専用の作業台に固定し、ハンマーを振り上げる。
・使用武器:"重撃の鍛槌"(B+ランク)
・特性:魔力の流れを調整し、金属の"分子構造"を崩す効果
「カリーナ、黒耀鉄の魔力周波数を測ってくれ」
カリーナは魔道具を取り出し、素早く測定する。
「……魔力の波長は"42.8Hz"ですね!」
ゼルヴォードは頷き、"ちょうどその波長に合わせた力加減"でハンマーを打ち下ろす。
──ゴンッ!!!
黒耀鉄の表面に、一瞬だけ"波紋"のようなものが広がる。
(……効いたな)
──ゴンッ!! ゴンッ!! ゴンッ!!
一定のリズムで正確に打ち下ろすたび、黒耀鉄がわずかに変形していく。
フィルミナが息を呑む。
「すごい……叩いてるだけなのに、少しずつ変わっていってる……!」
ゼルヴォードは集中を高める。
(こいつを鍛えるには、"同じ波長の振動"を連続して与える必要がある)
「……次は"魂鋼"の二段階目を使う」
──淡い光がハンマーに宿る。
アステリアが驚いたように呟く。
「まさか……"鍛冶の極意"って、こんな領域だったんですね……」
ゼルヴォードは最後の仕上げに入る。
「……これで、仕上げだ」
彼は魔力を込め、最も適切なタイミングでハンマーを振り下ろす。
──ゴンッ!!!
一瞬の静寂。
そして、黒耀鉄の表面に"薄い赤い輝き"が走る──!
カリーナが興奮した声を上げる。
「やりました! 黒耀鉄が"鍛造可能な状態"になりました!」
ゼルヴォードは深く息を吐き、ハンマーを置いた。
「……これで、次の段階に進めるな」
アステリアが感嘆の声を漏らす。
「ふふ……やっぱり、普通の鍛冶師には真似できない技術ね。あなたのやり方、興味深いわ」
フィルミナも笑顔で頷いた。
「ゼルさん、本当にすごいですね!」
──フィルミナがふと思い出す。
「でも、ゼルさん。黒耀鉄を鍛えるのはいいですけど……"熾晶炭"がないと、最終的な精錬ができないんですよね?」
ゼルヴォードは肩をすくめる。
「まぁな。ってわけで──」
カリーナがメモを取りながら言う。
「次は"熾晶炭"を探しに行くってことですね!」
ゼルヴォードは小さく笑った。
「さて、どこから探すか……」




