死を呼ぶラジオ
「ねえ、あの噂知っている?」
高校の昼休み、仲の良い女子たちが集まってひそひそと話している。
「もしかして死のラジオのこと?」
「そうそう! 知っているんだ!」
「知らない人の方が少ないでしょ。有名じゃん」
そんな他愛のない会話が行き交う教室。
その隅っこで陰気な男子学生が縮こまって座り一人で弁当を食べていた。
「今の時代、ラジオ使う人のが少ないのにね」
「その発言ダメだよ。結構皆使っているから」
「まぁ、とりあえずさ。皆知っているんだね」
女子たちの会話は淡々と流れていった。
「普段は何も聞こえない周波数に突然、声が流れ出すんだって」
「それで名前と死因を読み上げられるんでしょ?」
食事が終わった男子学生はスマホを開く。
彼は所謂いじめられっ子だった。
とはいえ、直接的な暴力はあまり受けたことはないけれど。
存在を無視されることなんて日常茶飯事を通り越して最早常識のような扱いだ。
「でもさ、ありきたりだよね。名前を読み上げられた人が翌日死ぬなんて」
「ほんとほんと。ていうか、お母さんに聞いてみたんだけどお母さんたちが子供の頃からあったらしいよ」
男子学生の見ているスマホ画面には『死のラジオ』についてのまとめ記事が載っていた。
ほとんど更新されることはないが、それでも毎日のルーティンとしてこれを見るようにしている。
もしかしたら、知らないことがあるのではないかと……祈るような気持ちで読むのだ。
とはいえ、こんな記事を読まずとも男子学生は死のラジオの内容なんて暗記するほどに知っていた。
何故なら……。
「いっそ、誰かが死んでくれれば分かりやすいのにね」
不意に彼女たちの声がこちらに向かってくる。
「例えば、あいつとか」
「ちょっと、流石にひどすぎでしょ」
明るい声で向けられた悪意に男子学生は耐え切れず立ち上がり教室を後にした。
「ほら、傷ついて出ていっちゃったじゃん!」
そんな声を後ろ背に受けながら。
夜。
男子学生は電球の切れた暗い自室で机に向かっていた。
「〇〇、暴走車に引かれて事故死」
ぽつりと呟いていく、出会ったこともない人とその人の死因。
「✕✕、海で溺れて水死」
これは決まったことなのだ。
誰であってもどうしようもない。
淡々となぞるようにして名前と死因を呟いていたが、不意に男子学生は言葉に詰まる。
『△△、通り魔に襲われて刺殺』
今日の昼、自分を馬鹿にした女子の一人だ。
息を一つ飲み込み、男子学生は思いを振り払う。
「△△、通り魔に襲われて刺殺」
男子学生は気を取り直して作業を続けるのだった。
翌日。
女子学生が一人通り魔に襲われて殺された。
彼女の学友は大泣きをしていたし、そう親しくもない者達でさえあまりにもショッキングなニュースに呆然とするばかりだ。
そんな中にあり、あの男子学生だけは茶番を見るような気持ちで目の前の人々の反応を眺めていた。
その日の夜。
毎晩の日課のように男子学生は机の前に座り、また名前を呟いていく。
「●●、飛び降り自殺」
明日、確実に死ぬ人間が今も生きているなんて不思議な気持ちになる。
「▲▲、火事に巻き込まれて焼死」
しかし、男子学生はあまり深く考えないようにしている。
いや、考える必要もないのだ。
何せ、彼の目的は別にあるのだから。
その翌日、ニュースで昨晩、男子学生が呟いていた通りの名前の人が、事前に聞いていた通りの内容で死んでいた。
次の日も。
さらに次の日も。
それからずっと先の日も。
男子学生は灰色の青春を送りながら日課を続けていた。
そして。
『以上が明日亡くなる方達です』
ラジオの向こうでその言葉を聞く度に男子学生は落胆する。
それと同時にラジオは聞こえなくなり、無機質な機械音が耳煩わしく鳴り響いていた。
「今日も呼ばれなかった」
毎日祈るような気持ちでこの死のラジオを聞き、一人一人名前を聞き間違いをしないように復唱さえしている。
それほどまでに早く死にたくて仕方がない。
それなのに、死のラジオは今日もまた男子学生の名前を呼ぶことはなかった。
「早く死にたい」
そうぼそっと呟いた言葉は空しくもラジオから流れる雑音に吸い込まれてしまった。