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第九話

 ぐす……ぐす……。

 誰もいない廊下にわたしの声だけが響く。

 もうだめだ。完全に失敗した。

 今日は高校入試の1日目。私、七瀬こはねは県でもトップのこの阿木高校を受験しにきていた。

 しかし最初の教科である数学で大きなミスをしてしまった。ここから巻き返すのはおそらくかなり難しい。今まで応援してくれた人の姿が頭をよぎる。熱心に教えてくれた学校の先生や塾の先生。勉強するためのすべてのお金を払ってくれた両親。

 私がこの高校を受験したいと言ったら惜しみなく塾代を出してくれた。

 そのおかげでクラスの平均点付近だった私のテストの点数はみるみるうちに上がっていき、中学3年の時はずっと学年1位だった。

 でもいざ本番ではこのざま。いままでの努力が無駄とも思えてきた。もう全部がどうでもよくなって昼休み、おかあさんが握ってくれたおにぎりも食べずに人気のない廊下に来て一人で泣いていた。

 とにかく苦しかった、つらかった。自分が無力だということが情けなかった。


 でもそのとき、誰かの足音がした。受験生は教室にいるように言われていたので先生にみつかるとまずい。

 とっさに周りを見渡したがここは学校の端っこで理科室と思われる教室しかなく、逃げ場がなかった。

 怒られることを覚悟してその人が来るのを待つと先生ではなかった。


「君、こんなとこで何をしているんだ?入部希望者か?」


 よくわからないことを言ったその人はこの学校の生徒のようだった。


「まあ、とりあえず入れ」


 私はいわれるまま理科室に入った。


「で、どうしてこんなところで泣いていたんだ?」


 彼はそんなことを言ってきた。

 私も誰かに聞いてほしかったのかもしれない。


「じつは、私はこの学校の受験生で、さっき数学を受けたんですけど、終わる直前に大きなミスをしていることに気づいて、たぶんいまからどんなにいい点数をとっても合格点には届かないと思います。だから、悲しくて、でも人前で泣きたくないから……」


「そうか。それは辛いな」

「ぐす……」


 涙があふれてきて止まらない。彼はずっと優しい笑顔を浮かべていた。


 私が落ち着いてくると彼は言った。


「お前は入試で重要なことを間違っている。入試で大切なのは高得点をとることではない。1点でも多くとることだ。おそらくお前は今まで優秀で、テストはすべて高得点だったのだろう。そういう奴ほどわかっていないんだ。そして、テストで低い点数をとったときショックを受けて立ち直れなくなる。いいか、エゴを捨てろ、感情を捨てろ、お前がやらなければならないことは1点でも多くとることだ。高得点かどうかなんて関係ない。ただ点数をとることにこだわりつづければ、お前はきっと合格するよ」


「……っ」


 確かに彼の言うことは的を得ていた。

 私は高得点をとれなかった自分に落胆し、悲しんでいたのだ。

 でもそんなことをしても意味がないと今気づかせてもらった。

 まだ不合格と決まったわけじゃない。

 次からの教科で1点でも多くとることに努めれば合格の可能性はある。


「ありがとうございます。まだ、あきらめるのは早かったです。絶対この学校に合格して見せます」

「ああ、がんばれ。合格したら、科学部に入ってくれよ。いま部員が俺しかいないんだ」

「わかりました。では」


 私は急いで受験会場である教室へ戻った。

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