後編(カルト視点)
ああ、なんて気持ちがいいんだろう。
君の心は嫉妬で煮えくり返っているだろうね。
幼い頃、結ばれた婚約者、メルディアナ・フェレントス公爵令嬢。
銀の髪に青い瞳のメルディアナを一目見た途端、恋に落ちた自分は、ポルト王国の王太子であるカルトだ。
美しさでは負けてはいない。優秀さだって、未来のポルト王国の国王になる勉学だって頑張っている。貴族が行く王立学園での勉学の成績はトップの方だ。
17歳である今、わざと窓の外を眺め、特定の女子生徒を見つめる。
平民のブロンドの髪がふわふわした確か、マリーネという女だ。
あんな愛嬌しか取り柄のなさそうな、話した事もない女なんてどうでもいい。
ただ、やきもちを焼かせたかった。
目の前にいる婚約者メルディアナに。
だから、今日もマリーネと言う女を、見つめる。
「あの女が気になるのですか?」
そう聞いてくるメルディアナ。彼女がイラついているのが解る。
何年の付き合いだと思っているんだ。
だから、こう言うのだ。
「ああ、いつもニコニコしていて、明るくて。あんな女性が傍にいたらとても癒されるのではないかと思ってね」
とか、
「私が市井の者だったら、王族ではなかったら、あのような者と、ささやかな家庭を築いて、毎日彼女や子供の笑顔を見て、のんびりと暖かな家庭を築けたのではと、ちょっとうらやましく思ったまでだ」
とか、メルディアナに言ったら、彼女はムっとした顔をしていた。
あああ、本当にメルディアナ。美しい君が嫉妬する様子は見ていてとてもたまらない。
私はメルディアナに愛されているんだな。
だから、メルディアナが、王家の秘宝エメラルドを使って、その平民女との未来を見てはどうかと言われて、ちょっと頭に来た。愛しているのはメルディアナだけなのに。
だから、その女との未来より、メルディアナとの栄光なる未来を見たいと思ったのだ。
だが、その秘宝を使う事で、まさかあんな未来が見えるとは思わなかった。
こっそり、宝物庫にある秘宝エメラルドを手に、祈ってみる。
「メルディアナと結ばれた未来を見せてくれ」
王宮に押し入る兵士。あれは隣国のアルド帝国の兵士だ。あああ、追い詰められている。
父と母が、兵に捕まって連れていかれそうになる。
思わず、剣を手に兵に斬りかかった。
そして、あっけなく斬られた。
自分は剣技にも自信があったのに……
血が流れる。あああ、寒い。私は死ぬのだろうか。
メルディアナが傍で泣いている。
そして、短剣を手に、はかなく微笑んで。
「愛しております。王太子殿下。わたくしも共に参りますわ」
そう言って、首を短剣で掻き切った。
メルディアナの首から血が噴き出る。
あああっ。でも、メルディアナは幸せそうにこちらを見つめていて。
愛しているよ……メルディアナ。メルディアナ……
手を伸ばしたくてもメルディアナの姿が霞んで来て……
気が付いたら、秘宝エメラルドを手に、涙を流していた。
場所は宝物庫。
あああっ。自分と結婚したら、メルディアナは死ぬんだ。
それも、そう遠くない未来に。
愛している愛している愛している。
ずっと一緒だった。これからもずっと一緒にいられると信じていた。
可愛い王子や王女を授かって、ポルト王国の為に共に、働けると、信じていた。
涙が止まらない。
私はメルディアナと結ばれてはいけないんだ。
メルディアナと婚約解消した。
弟のクディスに、王太子を譲って、自分は平民になった。
子が出来ない処置をされて。
クディスは、
「元王族なのだから、援助をしましょう。兄上が野垂れ死んだのなら、後味が悪すぎます」
と、言われたけれども援助を断った。
道路を作る工事をする店に雇って貰い、毎日毎日、土を固める仕事をした。
生きるのにやっとの生活。
それでも、身体を動かしていれば忘れられる。
メルディアナは自分と別れたら、長く生きられる。
少なくても、自分と結婚した未来よりはマシなはずだ。
怖くて怖くて、他の未来を見ることが出来なかった。
秘宝のエメラルドなんて使うんじゃなかった。
知らない方がよかった。
いや、知っていたからこそ、メルディアナと自分が近いうちに死ぬ未来を回避できたのだ。
後悔はない……後悔は……
働きながら、金が余れば安酒に溺れた。
飲まないとやってられない。
そんな時に噂を聞いた。
メルディアナが隣国の皇太子に見初められて、皇太子妃になったという事を。
あああっ……一目、メルディアナに会いたい。
共に未来を語って、お互いに高め合うあの日々が愛しくて愛しくて。
なけなしのお金で、隣国行の乗り合い馬車に乗り、アルド帝国へ行った。
帝都へ行けば、メルディアナを見ることが出来る。
帝都でゴミ拾いの仕事をしながら、メルディアナを見る機会を待った。
大きな病院へ慰問にエディアス皇太子と共に来るメルディアナ皇太子妃。
ああ、一目、君の姿を見ることが出来る。
遠目で見るメルディアナは更に美しくなっていた。
銀の髪を結いあげて、紺のドレスを着るメルディアナ。
こちらに気づいたようで、目があった。
懐かしくて懐かしくて涙がこぼれる。
一目見られただけでもいい。
ポルト王国へ帰ろう。
そう、カルトは決意した。
乗合馬車に乗って、ポルト王国へ戻って来たカルト。
今までと同じ、道路を作る仕事を続けていたら、道を歩くあのマリーネという女を見かけた。
向こうは自分が元王太子だって解らないだろう。
そりゃそうだ。自分は人相も変わっていたし、話をした事もない。
マリーネは小さな男の子を連れて、くたびれた青い顔をして歩いていた。
学生の頃にあんなに皆に囲まれて笑っていたマリーネ。
だが彼女も幸せではないのだろう。
自分が語った、「私が市井の者だったら、王族ではなかったら、あのような者と、ささやかな家庭を築いて、毎日彼女や子供の笑顔を見て、のんびりと暖かな家庭を築けたのではと、ちょっとうらやましく思ったまでだ」
あまりにも滑稽で、あまりにも馬鹿馬鹿しくて、その女が去った後、大笑いした。
― 秘宝エメラルドは、私と君が結婚したら、破滅する未来を見せた。マリーネ?あの娘と結婚したいと私は思ってはいなかった。だってそうだろう?私と共にあったのは、君だ。メルディアナ。君とポルト王国の未来を作りたかった。だが……私と別れた君は、帝国の皇妃となって、輝ける未来を歩むことになるだろう。だから、私は……さようなら。遠くで君の幸せを祈っている -
その手紙をメルディアナの父であるフェレントス公爵へ送った。
棄てられてもいい。
ただ、ただ、自分の気持ちを吐き出したかった。
さようなら、君の事を愛していたよ。
カルトは誰とも結婚せず、それでも、教会で人を世話をする仕事について、周りの人達に愛されながら、ポルト王国の人々の為に一生尽くしたといわれている。
― 初めまして。私はカルト第一王子と申します -
― 初めまして。わたくしは、メルディアナと申します -
― 君が私の婚約者になるメルディアナ嬢なんだね -
― ええ、そうですわ。-
― 私は第一王子だから、いずれ、王太子に選ばれてこの王国の国王になるっ。一緒に良い未来を作って行こう -
― わたくし、カルト様のお役に立ちますわ -
女神レティナは秘宝エメラルドを手に、呟いた。
「共に死んだ方が幸せだったのかしら、それとも、離れた方が幸せだったのかしら……。いずれにしろ、この宝石は人の手に余るものだから、わたくしが仕舞っておきましょう」
秘宝エメラルドは女神レティナの神殿奥深くに仕舞い込まれ、二度と人が手にすることはなかったという。