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前編(メルディアナ視点)

なんで?なんであの女を見ているの?

わたくしは目の前にいるのよ。貴方の目の前に。なんであの女を見ているの?


メルディアナ・フェレントス公爵令嬢は、このポルト王国の王太子カルトの婚約者である。

共に17歳。貴族が通う王立学園に通って後、一年で卒業、卒業後は結婚式を挙げる事になっていた。


メルディアナは未来の王妃として、美しき青い瞳に銀の髪、容姿や勉学、全てにおいて自信もあったし、王太子カルトも王族に相応しい金髪碧眼の整った顔をした、優秀な男性で。


王太子に相応しいと、王国民から期待が寄せられているようなそんな王太子である。

二人の仲は良好で、メルディアナはそんなカルト王太子殿下を尊敬していたし、心の底から愛している。カルト王太子と共に治めるポルト王国の未来に、明るい希望を持っていたのだ。


それなのに、最近、気が付くと一人の女生徒を目で追っているカルト王太子。


彼女は平民のフワフワのブロンドの髪に、瞳が大きくて。

いつもクラスの中心にいて、ニコニコ笑っている。そんな感じの可愛らしい女性。


彼女を見ているカルト王太子の顔は綻んでおり、こんな優しい幸せそうな表情を自分に向けて見せてくれた事はない。


メルディアナはイラついた。


「あの者が気になるのですか?」


とある昼時、テラスから、庭で女生徒達と楽し気に話をしながら、歩いて行く、ふわふわブロンドの女生徒。それを見ているカルト王太子に思い切って聞いてみた。


「マリーネの事か?」


「名前までご存じなのですか?」


「ああ、いつもニコニコしていて、明るくて。あんな女性が傍にいたらとても癒されるのではないかと思ってね」


自分と一緒では癒されないと?そういう事なの?

確かに、真面目一筋で、未来の王妃に相応しくありたいと、そう思って自分を高めてきたメルディアナ。


そうよね……わたくしと一緒では息が詰まるのかもしれないわ。

それでも、わたくしは貴方の隣に並び立ちたい。貴方にふさわしいのはわたくししかいないのよ。


恐る恐る聞いてみる。


「あの者を愛妾にしたいのでしょうか?」


「愛妾?君とまだ結婚していないのに?王妃に子が出来なかったら、側妃とか愛妾とか考えないといけないと思うのだけれど。今から愛妾か?」


「貴方様がまともな考えの方でよかったですわ。てっきり愛妾にあの者を求めているのではないかと」


「まさか……そこまで馬鹿ではないよ。私は」


そう言いつつ、マリーネという女性から目が離せない様子のカルト王太子。


そして、一言、カルト王太子は言ったのだ。


「私が市井の者だったら、王族ではなかったら、あのような者と、ささやかな家庭を築いて、毎日彼女や子供の笑顔を見て、のんびりと暖かな家庭を築けたのではと、ちょっとうらやましく思ったまでだ」


カルト王太子の言葉に頭に来た。


わたくしとの結婚は貴方の理想からは遠いと言いたいのでしょうね。

ぎちぎちした貴族社会。家庭内といえども、子が産まれれば王族としての、教育が始まる。

子が出来なければ、それこそ側妃や愛妾を迎え入れて、子を作って。


王妃は王妃としての社交や仕事。

とてもではないが、のんびりと暖かな家庭だなんて言ってはいられないだろう。


それでも、メルディアナは思うのだ。


あの女と結婚したからって、のんびりと暖かな家庭が築けるとは限らないのよ。

何、理想を述べているのよ。ずっとずっとそう、一生、貴方はあの女との家庭に恋焦がれるのだわ。わたくしの気持ちも知らないで。


わたくしだって、王族になんて、嫁ぎたくなかった。

でも、仕方ないじゃない。フェレントス公爵家に生まれてしまったのですもの。

高位貴族の令嬢として、ポルト王国の為に、王族と結婚しこの身を捧げなければならないのよ。

やりがいのある人生だとは思うけれども、わたくしだって疲れる事もあるの。

普通の恋愛に憧れる事もあるのよ。それなのに……貴方だけは自分勝手に。


何が暖かな家庭よ。何があの女となら幸せな家庭が築けるって……


心の中で思いっきり毒づいてから、にこやかにメルディアナはカルト王太子に向かって微笑んで、


「でしたら、体験してみればよろしいのではなくて?なんの為の秘宝ですの?王家のエメラルドを使って、幸せを堪能してみたらいかがです?その結果、貴方様が王太子を降りるというのなら、クディス第二王子殿下に王太子を譲ってもよいのではなくて?」


「意外だな。クディスには婚約者がいる。君はどうするんだ?今まで私の傍で未来の王妃として勉学に励み、頑張って来たのではないのか?もし、私が君と婚約を解消して、市井の者としてマリーネと生きると言ったら」


「修道院にでも参りましょうかしら。それとも、隣国へ行って新しい人生を考えてもよさそうですわね」


カルト王太子は考えているようだった。


メルディアナは、背を向けて、


「人生は一度きり、後悔のない選択をですわ。王太子殿下。わたくしは失礼致します」



そのことから、3日過ぎた。

フェレントス公爵家へ、カルト王太子との、婚約解消の申し出が王家からあったのだ。

いや、カルト王太子は、王太子を降りて、ただのカルトとなるらしい。


秘宝のエメラルドは、マリーネとの幸せな未来をカルトに見せたに違いない。

あっさりと棄てられた、メルディアナ。


涙がこぼれる。


長年傍にいて、未来を語り合った。

どうすれば、よい政治を行う事が出来るのか、どうすれば貴族達を纏めることが出来るのか?どうすればどうすれば、何度も討論を交わして、傍にいて当たり前の……


それなのに、あっさりと王太子の位を捨てたのだ。


フェレントス公爵はメルディアナに、


「お前が悪い訳ではない。しかし、年頃の高位貴族達は皆、婚約者がいる。それでだな。隣国のアルド帝国へ行かないか?帝国の貴族学園に留学して学んでみたらどうだ?」


「お父様がそうおっしゃるのなら、わたくしは、隣国へ参ります。そこで新たな人生を考え直したいと思います」


メルディアナは王立学園の卒業を待たず、隣国のアドル帝国へ行くことにした。


帝国の学園に留学して、そこで素敵な出会いがあったのだ。


エディアス皇太子との出会いである。


「私はなんてついているんだ。まさか、ポルト王国の元王太子の婚約者であった、メルディアナ嬢と知り合えるとは」


「わたくしは婚約解消された女です。それなのに?」


「君はとても優秀だと、調べはついているんだ。こんな美しい女性と婚約解消するだなんて、元王太子も見る目がないな。どうか、私と結婚してくれないか?」


「わたくしでよろしいのですか?」


「ああ、君しかいない。どうか、私と結婚しておくれ」


「わたくしでよければ喜んで」


黒髪碧眼の整った顔のエディアス皇太子殿下。

誇らしかった。


この人となら、今まで学んだことが役立てて、更に高みに上っていくことが出来る。

そう信じていたのに。




そんな幸せな中にいたのだけれども、卒業して、実際に結婚して驚いた。

エディス皇太子殿下は同時に側妃5人を娶ったのだ。


皆、帝国の有力貴族の娘達である。


「貴族達がうるさくてな。それに私は沢山の子をなさねばならん。解ってくれるだろう?」


「解っておりますわ。それは皇族の務め」


そうは言ったけれども……この帝国の皇妃はお飾りである。


美しくて、品が良ければ、後は立って皇帝の傍で微笑んでいるだけでいい。


それは皇太子妃も同じで。


学園にいる時は未来の政治の話を真剣に聞いてくれたエディアス皇太子。

ただ、実際に政治を行うのは、帝国の宰相で。皇帝は政治にはほとんど参加しない、承認するだけだという事。それでも、帝国に対する物事の決定権は多少我儘が聞くほどに皇帝も皇太子も権力を持ってはいる。


そして、皇族の仕事は子を沢山産むこと。


皇宮に入って嫁いでから、解った事。


本当に愚かだった。


自分はエディアス皇太子に美しいからと、見初められて選ばれただけなのだ。

他の側妃達も美しいが……




そんな中、元婚約者のカルトを偶然見かけた。

いや、偶然なのか?



エディアス皇太子と共に、馬車に乗って皇都の大きな病院を訪問した時の事である。

群衆に混じって、カルトがじっとこちらを見ていた。


昔の美しかった顔がすっかりやつれて、身なりも汚らしくなって。


ただ、こちらをじっと見つめていたのだ。


そして、目があった途端、カルトは涙を流して泣いた。



何の涙なのかしら。秘宝のエメラルドで、あの女との幸せな未来を見たから、わたくしと婚約解消したのではないの?


どういう事なの。


カルトは背を向けて行ってしまった。




王国にいる父の元へ手紙を出してみる事にした。


父にカルトが、自分と婚約解消した後、どのような生活を送っていたのか、調べてもらった。


マリーネという女性とは結婚していなかった。

彼は子が出来ない処置をされてから、市井に下って、道路を整備する肉体労働をして、浮浪者のような生活をしていたらしい。


王太子になった弟のクディスが、兄に向かって、援助をすると言ってきたそうだ。

元王族が浮浪者のような生活をするのは外聞が悪いと。

それなのに、それを断って。

自分を虐めるような生活をしていたカルト。


カルトに何があったの?


マリーネと言う女と結婚して幸せになる未来を取ったのではないの?


お忍びで、翌日、信頼なる侍女と護衛を連れて、メルディアナは昨日、カルトを見かけた場所へ行ってみた。


だが、彼を見つける事は出来なかった。


時間を見つけては、帝都で彼を探すメルディアナ。

遠い昔の事が思い出される。


共に高め合って、共に王国の未来を夢見ていた。


共に共に共にっ……


わたくしは彼の事を愛していたんだわ。いえ、今も彼の事が……



エディアス皇太子殿下の優しさに、胸が高鳴った事もあった。

でも、彼はわたくしにお飾りしか求めていなかった。

他にも子を作るための女性が5人もいて。


寂しい寂しい寂しい……


あまりにも度を外した、お忍びに、エディアス皇太子からお叱りを受けた。


「浮気をしているのか?いかにお飾りとはいえ、お前は未来の皇妃だ。度を外した行動は困る」


「申し訳ありません。わたくしは……」


「ポルト王国は、友好のしるしにお前を差し出した。だが、軍部が煩い。ポルト王国なんて弱小国、滅ぼしてしまえとな。お前の国だから、私としては首を縦に振らなかった。だが、そろそろ、攻め時かもしれないな」


「どうか、お願いです。わたくしの母国です。それだけはっ」


「お前の噂は知っていた。美しき公爵令嬢が、カルト王太子の婚約者だとな。一度見て、一目で気に入った。だから、王国を脅したのだ。お前を差し出せと」


「それでは、わたくしは……カルト様がわたくしから離れたのは」


「秘宝エメラルドだったか?あれは王国の破滅でも見せたのではないのか?お前が嫁いでこなければ、もっと早く王国を攻めていた。もちろん、カルトは生かしておかない。強引にさらって、お前を私の妻にだな」


滅び行くポルト王国。カルト様が殺されたならば、自分は自害していただろう。

きっと、秘宝エメラルドが見せたのは、カルトと自分の破滅だ。


カルトは、マリーネとの未来を見たのではない。二人の破滅を見たのだ。


そして、今の自分に出来る事は。


「どうか、お願いです。沢山の死人が出ます。ですから、戦はやめて下さいませ。どうしても王国が欲しいと言うのなら、話し合う事は出来ませんか?」


「戦に犠牲はつきものだ。どうしようもないな」


結局、戦は起きてしまった。

だが、圧倒的な戦力の差で攻め入ったせいで、ポルト王国はたいして戦う事もなく降参し、ポルト王国はアドル帝国に併合された。

そして、ポルト王国の王族達は、メルディアナの助命により、低位貴族として、小さな領地を与えられ、そこで一生過ごすこととなった。



それから、10年後、メルディアナは元ポルト王国、現ポルト領にいた。



メルディアナは久しぶりに里帰りをしたのだ。

エディアスは今や皇帝に即位し、メルディアナは皇妃になっていた。


ポルト領を治めるのは、父フェレントス公爵である。


久しぶりの父との再会、公爵家の庭のテラスでお茶を楽しんだ。


父はメルディアナに向かって、


「お前を帝国に売るような真似をしてしまってすまなかった。だが、いいだろう?今や、一男一女の母だ。お前の子がいずれ帝国の皇帝になる」


側妃達にも子がいるが、エディアス皇帝は、皇位の継承権をメルディアナの息子を第一位にし、皇太子にしたのである。


父はポルト領を治める公爵である。最高の一族の繁栄といっていいだろう。

メルディアナは誇らしかった。


でも……皇帝に一番に愛されている訳ではない。どこか寂しくて。そして、時々、遠い昔に別れた元婚約者のカルトの事を思い出す。

彼は今、どうしているのだろう。生きているのだろうか?


父がおもむろに、


「そういえば、昔、このような手紙が贈られてきてな」


父が差し出した手紙。古い手紙……それを渡されて広げて読んだ。

懐かしい筆跡。カルトの手紙だ。


― 秘宝エメラルドは、私と君が結婚したら、破滅する未来を見せた。マリーネ?あの娘と結婚したいと私は思ってはいなかった。だってそうだろう?私と共にあったのは、君だ。メルディアナ。君とポルト王国の未来を作りたかった。だが……私と別れた君は、帝国の皇妃となって、輝ける未来を歩むことになるだろう。だから、私は……さようなら。遠くで君の幸せを祈っている -



なんでこんな手紙を残したの?なんでなんでなんで……


涙がこぼれる。


でも、きっと解ってほしかったのだ。

わたくしを裏切って別れたのではない。わたくしの為を思って別れたのだと……


もう、永遠に会う事のない貴方。


さようなら、わたくしは貴方の事を愛していました。




メルディアナは皇妃として、アルド帝国でお飾りだけでは終わらず、帝国の為に、父が治めるポルト領の為に、自分が出来る事を精力的にこなした。平民が学べる場所を多く建設したり、病院を増やしたり、女がでしゃばるなと言われても、それでも、皇妃として、寝る間も惜しんで働いた。


ただ、エディアス皇帝はメルディアナ皇妃とその子達を尊重してはくれたが、側妃達とその子達もそれなりに大切に扱った。

メルディアナは子供や孫に愛情を注ぎ、彼らにも愛されて幸せな一生を送った。

しかし、どこか寂し気であったという。


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