表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ブラック企業から帰ってきたら彼氏が浮気していた。そのまま逃げるようにバーに行ったらお金がもらえた

作者: 瀬田一

「大丈夫ですか?」


 私は両肩を掴まれ、揺り動かされている。薄っすらと目を開けると20代半ばくらいのお兄さんがいた。


「ようやく起きましたね。ずっと寝ていたので心配しましたよ」


 寝ぼけているのか、まだ思考がはっきりしない。なぜか背中がふかふかだが、臭い。


「さあさあ、起きてください。そんなところにいたら不潔ですし風邪も引きますよ」


 不潔?薄く開けた目で周りを見ると、私はゴミ捨て場で寝ていた。どうりで臭いわけだ。


「お姉さん立てますか? とりあえず、お店に入ってください」


 お兄さんは手を差し伸べた。お兄さんの手を掴みながら考えた。なんで私はゴミ捨て場で寝てるんだ?



「ただいまー」


 今日で10連勤目だが、日付が変わる前に帰れたのでラッキーと考えておこう。ポジティブに考えたのも束の間、玄関に知らない女物の靴があった。靴を持ってリビングに行った。


「ハルキ、これどういうこと?」


 リビングに入ったが、誰もいない。


 寝室にいくと裸のハルキがベッドにいた。


「お、おかえり~」


 ハルキの言葉を無視して、布団を引っぺがした。そこには知らない女が裸でいた。


 私はハルキを強く睨んだ。


「ごめん、でもこれは最近お前が忙しそうで……」


 ハルキが言い終わる前に私は女の靴を顔面に投げつけた。


「最低」


 そう吐き捨てて私は家を出た。



 コンビニで買ったビールとおつまみを持って公園のベンチに座った。さっきの怒りを打ち消すように缶ビールを一息であおった。


 そのとき見えたのはきれいな星空だった。でも、きれいな星空もだんだんにじんできた。そういえば、ここでハルキと星を見ながら他愛ない話をよくしたっけ。


 涙でなくなる水分を補充するように缶ビールを飲み続けた。


 家に帰りたくないから朝まで営業している居酒屋に行こうとした。千鳥足で道を歩いていると、何もないところで転んだ。だが、痛くない。むしろ柔らかい。起き上がる気力もなくなり、私はそのまま眠った。



 お兄さんに案内されたお店はバーだった。私はカウンター席に座った。コンビニで買ったビールとおつまみでお金がないので帰りたいが、助けてもらった手前、何も注文しないで帰るのは気が引ける。どうやって店から出ようか考えていたところでお兄さんに声をかけられた。


「どうしてあんなところで寝ていたのですか?」


「ブラック企業から帰ってきたあと、彼氏に浮気されたから」


「ほう。もっと詳しく聞かせてもらえませんか?」


 こちらに一杯のグラスを差し出してきた。


「すいません、今持ち合わせがなくて」


「サービスですから、お代はいりません。度数も低いので安心してください。それに相当お疲れのようなので少し吐き出したほうが良いと思います」


 なんか強引だな。この人は他人の不幸話に興味があるのだろうか。まあ、何でもいい。愚痴をこぼせる相手がいるのはいいことだし、お酒もサービスされたら断りにくいし。


 私はお兄さんに今日あった出来事について怒りながら、泣きながら話した。



「災難な一日でしたね。ですが、今日私に吐き出したのできっとすっきりしているはずです。もし、家に帰って元気であればまたお店に来てください。渡したいものがあります。」


「渡したいもの?」


「はい、何がもらえるかは来店されてからのお楽しみです」


 なんか怪しいが話を聞いてもらって楽にはなったから了承しておこう。


「わかった。今日はありがとう」


「はい、ご来店ありがとうございました」


 私は店から出た。


(ごちそうさまでした)


そんなお兄さんの声が店から出る瞬間に聞こえた気がする。



 結局、家には帰った。お金もないし、バーで話したら気が楽になった。仕事のストレスと合わせてハルキに対してすごく苛立っていたが、帰って顔を合わせても不思議と何も感じなかった。


 きっと疲れているのだろう。問い詰めるのは明日にしよう。



 翌朝、気分は平常だった。浮気された翌日なのに落ち込んでもないし、怒ってもない。

   

 昨日バーで話したおかげだろうか。渡したいものがあるって言っていたから今日また行ってみよう。仕事はサボろう。行っても行かなくても怒鳴られるだけだし。


「おはよう。話があるんだ」


 ハルキは私にそう言った。話し合ってよりを戻そうとしているのだろう。昨日のことでハルキのことを完全に嫌いになったわけじゃないから、態度次第で許すつもりでいた。


「俺と別れてほしい」


 ハルキから告げられたのは別れの言葉だった。


「な、んで?」


 私はそう返すのが精一杯だった。昨日で気持ちはリセットされたはずなのに昨日と同じかそれ以上の悲しさがあふれてくる。


「最近ずっとリサが忙しそうで二人で出かけたり、ご飯食べる時間がなかった。話す時間もなかった。そのことについて帰ってきた後でもラインでも相談しようと思ったけどリサはちゃんと相談に乗ってくれなかった。実はリサとの結婚も考えるくらい真剣だったけど、話し合いもできない人とは一緒にいられないと思った」


 浮気した人間がよく言うよ。でもあの浮気は意図的だったのかもしれない。話し合いをしない私を無理矢理話し合わせるために。いくらなんでも彼女と同棲してる家で浮気なんて頭がわるすぎる。


「うん、わかった……」


 別れたくないから言いたいことはたくさんあったけど、泣き顔を見られたくなくて床に向かってそうつぶやくのが限界だった。 


「今までありがとう」


 ハルキは出て行った。



 ハルキが出て行ったあと、私は泣いて、泣いて、泣いて、泣き疲れて眠った。


 目が覚めるともう夜になっていた。軽く何か食べようかなと思ったところで、昨日のバーを思い出した。渡したいものがあるって言っていたから、今日も行ってみるか。


 スマホで場所を調べながら店を見つけた。



 扉を開けるとカランコロンと子気味の良い音が鳴り、中に入ると落ち着いたジャズが流れていた。


 カウンターには昨日のお兄さんがいて、目が合うと「いらっしゃいませ」と優しく声をかけてくれた。私はそのままお兄さんがいるカウンター席に座った。


「甘くて強いお酒ちょうだい」


「かしこまりました。今日も何か嫌なことがありましたか?」


「彼氏と別れた」


「浮気が許せなかったんですか? 決断が早いですね」


 お兄さんは慣れた手つきでお酒を用意して話の続きを促した。


 私は今日のことを話した。あれだけ泣いて自分の涙は枯れていたと思ったのに話すうちにどんどんあふれ出してきた。


 話し終わってから、ちびちびとお酒を飲んだり、つまみを食べて心を落ち着けていた。 

   

 そしていつのまにか何に泣いていたのだろうかと思うほど私の感情は落ち着いていた。


「なんかお兄さんと話してると嫌なことがあっても吹き飛ぶね」


口説いているみたいで若干気持ち悪いセリフになったが、実際にそうなのだ。この人と話すと何もなかったかのように心が平穏になる。


「ありがとうございます。落ち着いたようなので昨日渡したいと言ったものを渡しますね。どうぞ」


 お兄さんは何かが入った厚めの封筒を2つ差し出した。


 中には札束が入っていた、多分100万くらい。


「ちょっ、どういうこと」


 私は驚きのあまり腰を浮かし、大声を出してしまった。周りの視線が気になりすぐに座る。


「これは昨日と今日のお礼です」


「なんのお礼?」


「あなたの悲しみをいただいたお礼です」


「どういうこと?」


「人の不幸は蜜の味って言うじゃないですか」


「悪趣味ね。だとしても金額が高額すぎるわよ」


「あなたの不幸にそれだけの価値があったということですよ」


「よくわからない。一から説明して」



「これからの話は静かにそして信じて聞いてください」


 お兄さんはもったいぶった話し方をする。


「わかった。あなたが何を言おうが驚かないし信じてあげる」


 お兄さんは私の目一度じっと見てから口を開いた。


「実は私、悪魔です」


「は?」


 こいつは何を言っているのだろうか。良い人だと思っていたけど頭のおかしい人なのだろうか。


「信じてくれるって約束したのに信じてないですよね?」


 悪魔はおどけたように言った。


「そりゃそうでしょ。悪魔なんてファンタジーな存在を簡単に信じられるわけないじゃない」


信じると約束はしたが頭のおかしい話に付き合うとは言っていない。


「では、お話はここまでですね」



 悪魔と名乗る男は仕事に戻ろうとする。

「ちょっと待って。そんな変な話を簡単に信じろって言うほうがおかしい。悪魔である証拠を見せて」


「わかりました。これで信じられなければ帰ってくださいね」


 そう言って男は自分の指にアイスピックの針を少し刺した。


 すると指からは黒い血が流れてきた。


「悪魔の血です。人間の赤い血と違って黒いのが特徴です。さらに特徴的なのはこの血を飲んだ人間はどんな病でも治るというものです。私はこの血を売ってお礼の財源にしています」


 どうせ嘘に決まっているだろうと思っていたけど、真っ黒な血を見て人間ではないと思い始めた。


 体中に寒気と、それにもかかわらず止まらない背中の汗は本物だ。早くこの場から去りたい。でもこの男に見られていると動けない。


「どうやら信じていただけたようですね。安心してください、私はあなたを食べたり殺したりしませんから」


 男は私を子どもをなだめるように優しい声で落ち着かせようとする。


 自分を奮い立たせるようにグラスに入った酒を一気に喉に流し込んだ。


「悪魔ってなんなの? どうやって生まれるの?」


 最初に疑問に思ったことをストレートに聞いた

「悪魔とは2種類います。一つは宗教や神話から生まれた悪魔。もう一つは人間のなりそこない。私は後者です。なりそこないとは、元は人間でしたが、人間としての何かが欠落していたり、過度な欲望に支配されていたりする人間としての尊厳を失った存在です」


 宗教とか神話のイメージが悪魔には強かったけど、人間が悪魔になることもあるのか。


 疑問が一つ解消されたので、もう一つ質問する。


「どうして私は自分の愚痴を言っただけなのに大金をくれるの?」


 最も気になっていたことを酒の力を借りて聞いた。


「人の悲しみや不安、ストレスなどの不幸な感情が悪魔である私にとっては嗜好品だからです。

 私は人間の負の感情を吸い込むことが何よりも好きです。人間よりも感情が乏しい悪魔には楽しめる娯楽が少ないです。だからこそ数少ない楽しみのためには何も惜しみません」


 悪魔が吸い込んでいるから、辛いことがあっても私の体から悲しみが抜けて平常心に戻っているってことか。


「人間で言う酒やたばこってことね。お兄さんは今後も私の愚痴を聞いたらお金をくれるの?」


「もちろんです。ちなみに今回の金額は高額なほうですね。それだけあなたにとって悲しい出来事だったのでしょうね。負の感情が大きいほど美味しくいただけるので、値段も高くなります」


 こいつは私にどんどん不幸になってほしくて、自分の娯楽にしようとしているのだろう。


「まあ、いいわ。私はストレスの発散になってお金ももらえる。お兄さんは娯楽に困らない。ウィンウィンの関係ね。」


 私に損はなさそうだし、何かあったらこのバーに顔を出すことにしよう。


「ありがとうございます。ごちそうさまでした。」


 悪魔がこちらにお辞儀をしたのと同時に私は店を出た。



 あー、明日は仕事だ。サボったから怒られるんだろうな。今日、ずっと会社の電話無視してたし。ちゃんと働いてても怒られるんだけどね。


 こんな憂鬱な気分だが、これもあの悪魔に話せば買い取ってくれるのだろうか。私の会社であれば話のネタに困らないだろう。そんなことを考えながら家に帰って寝た。



 悪魔がいるバーに通ってから1か月が経った。週に1,2回顔を出して愚痴を言ってお金をもらっている。


 愚痴を言えばお金がもらえるからもっと通いたいのだが、終電がなくなるまで働かされることも多いから意外と行ける日は少ない。もらえる金額は10~20万くらい。最初の金額が大きかっただけに少なく見えるが、十分満足できる。


 正直、働かなくてもお金は手に入るが、会社のストレスのおかげで愚痴が言えているので辞めるわけにはいかない。



 また1か月が経った。相変わらずブラックな職場環境で働いて、そのストレスをバーで吐き出してお金をもらっている。


 だが、最近もらえる金額が減っている。そのことを悪魔に話すと、「人間は環境に適応する生き物です。きっとストレスの耐性が増しているのでしょう」と返ってきた。なるほど、確かに入社したてのころはパワハラ・セクハラに耐えかねて毎日吐いていたな。その時の記憶は今でもある。そういえば、過去の経験は悪魔に売れないのだろうか。



「ねえ、過去の辛かった経験って、悪魔の嗜好品になるの?」


 翌日、私の何気ない疑問を聞いてみた。


「なります。ただ、当時に比べて鮮度は落ちているので少し味は落ちます。」


 そこで私は入社当時や学生時代の辛かったことも悪魔に話すようになった。

 


 また1か月が経った。職場や過去の経験でもらえるお金がさらに少なくなったから、自ら負の感情を呼ぶ起こす行動をするようになった。


 親友の彼氏を寝取り恨みを買って絶交された。


 SNSでわざと炎上するような書き込みをして心無い言葉をもらった。

 

 際どい恰好をして満員電車に乗り痴漢されにいった。


 自分で蒔いた種とはいえ、悲しい、辛い、不快、とにかく負の感情が自分の中に渦巻いていたが、バーで話せば負の感情は消えるしすべてお金に変わる。その金額は今までもらった中でも群を抜いていた。職場のストレスでは大した金額がもらえないので辞めた。



 父から突然連絡があった。「母さんが死んだ」と。私は急いで地元の病院まで行った。母さんがベッドで眠っている姿を見た。私はベッドについている手すりにつかまってうつむき、顔をあげることができなかった。一体、私はどんな表情をしているのだろうか。


 その日の夜、私はバーに行った。


 母さんが死んだこと、母さんとの今までの思い出、もう思い出を作れないことなどを悪魔に話した。さて、いくらもらえるのだろうか。


「今日お支払いできるお金はありません。自分の顔を確認してください」


 自分の手鏡で顔を見ると、笑っていた。


「おそらく、最近は自分から不幸になろうとしていたので耐性がついたのでしょう。加えてそういったことがあれば楽にお金を稼げるという考え方になったのだと思います。辛いことがあったらそれをお金に変換してしまう癖がついたのかもしれません」


 私は無言で店を出た。

 


 家に帰っても悲しみは感じなかった。今日1日のことを振り返っても悲しさは感じていなかった。出来事に対して感情が遅れてからやってくることもあると考えてゆっくり休むことにした。


 しかし、葬式や相続の手続きなどの大半の処理を終わらしても悲しさは何も感じなかった。


 遺品の整理をしていると母さんが大切に使っていた包丁があった。私もこの包丁で母さんの料理を手伝ったことがある。久しぶりにこの包丁で料理をしよう。


 野菜を切っている途中、ぼーっとしていたのか指を少し切ってしまった。


 手元を確認すると私の指からは黒い血が流れていた。


読んでいただきありがとうございます!


作品が面白いと思った方は☆5、つまらないと思った方は☆1の評価をお願いします!


評価やブックマーク、作者の他作品を読んでいただけると大変うれしいです!


次回の投稿は4月15日です!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ