5 従業員ではなく愛人
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「ったく、しょうがねぇ女だな」
組長先生が降りてきた。
お気にめさないことがあったらしい。
「せっかくの『澤山』の弁当残して社長のムスコ食ってやがった」
「!」
組長先生の言い回しにわたしは喉つまりをおこしかけた。
「あの女なら『アタシ、澤山のお魚より社長のそそり立つお肉のほうがイイワ』とか言ってそうだな」
「?!¢√!!$ゲホッ!∃Φ∽グホッΧ☆■δ◆β★*」
組長先生~~~~~~っ!!!
なんてこと言いやがる!!
死ぬ。死にそう。
ゲホゲホしながら生死の境をさ迷いかけているわたしに、
「みーちゃん!大丈夫かい?ほら、お茶!お茶!」
七十先輩が心配してお茶をくれた。
わたしのことを「みーちゃん」と呼ぶ七十先輩はわたしの癒しでもある。
「会長、素人の女性がいる前で卑猥なセリフは避けた方がいいのでは?」
「おー、京司朗、戻ってきてたか。はははは、すまねぇな嬢ちゃん」
そう、若頭・仙道副社長はついさっき戻ってきていた。
「出来てたか?」
「はい」
若頭はさっきとは色の違う紙袋をレジ前カウンターに置いた。
「限定品の、『澤山』のプリンと、夕飯の弁当だ。うちに持って帰って食べてくれや」
やったー!!
わたしと七十先輩は「ありがとうございます!ごちそうさまです!!」と手を握りあって喜んだ。
金と銀の大きなくす玉を頭上で割りたいくらい、わたし達は嬉しかった。
高級料亭『澤山』のプリンはちょっと固めの食べごたえのあるプリンだ。カラメルは甘さのなかにほのかな苦味があり、これまた大変美味しいと評判のプリンだが、限定なのでなかなか手に入らない。
今日の組長先生は何かいいことあったのかな?
宝くじ当たったとか。
抗争相手を全滅させたとか。
「さあ、食ったら帰るぞ。支店も店じまいさせちまいな」
社長は組長先生の提案を了承したらしい。
わたし達は食べ終わると店内を片付けた。
「注文伝票、少し処理しましょうか?」と、わたしは七十先輩に指示をあおいだ。
「そうだねぇ、やらないとあの人は機嫌が悪くなるからねぇ」などと話してると、組長先生が若頭に新たに指図をした。
「京司朗、上行って社長に言ってこいや。あとはテメーらで片付けろってな」
「わかりました」
「ああ、それとな京司朗」
「はい」
「嫌みの一つでも言ってやれ」
「嫌ですよ」
「けっ!面白くねぇヤツだな」
「俺は会長とは違います」
若頭は組長先生の要求を軽くあしらい二階へと向かった。
しばらくして若頭が戻ってくると、「残りの仕事は二階の二人がするそうなので帰りましょう」と爽やかにわたしと七十先輩に言ってくれた。
こうして、わたしたちは臨時休業のプレートを出し店の鍵をかけた。
わたしと七十先輩は組長先生にもう一度お礼を言って、組長先生は若頭とその他のガラ悪御一同様とともに去って行った。わたし達は珍しく早い時間の帰宅となった。
仕事は早く終わったし、夕飯は澤山のお弁当だし、今日はなんてラッキーデーなんだ。
そんなラッキーデーの翌日。
今日こそ丸一日支店だー!とはりきって花の水替えを素早く終わらせたら、再び本店から電話があり、本店勤務を命じられた。
七十先輩が腰痛で欠勤したためだ。
これはつまり朝の花の水替えや花おけの洗浄をやる人がいないのでお前がやれということだ。
支店の朝の花の水替えが終わったばかりでまた本店で・・・。正直きつい。はりきって終わらせた分、きつい。しかもたぶん一人でやることになる。事務先輩は事務仕事を理由に店頭業務はいっさいやらないからね。
やらなくても社長から叱責されることはないから、本人はどんどんつけあがるしで周りは大変なんだよ。特に精神的に。
「あーあ、あたしも澤山のプリン食べたかったなあー」
事務先輩がレジカウンター内のパソコンを前に、これみよがしにため息をついた。
「冷蔵庫に入れておきましたよ。」
わたしは花の手入れをしながら一応答える。
「なかったわよ!」
「社長か奥さんが食べたんじゃないですか?」
そう、社長は妻帯者でもあるのだ。ちなみに奥さんはウェディングプランナー。
「・・・いいわよねー、組長に気に入られて。どーんな手を使って気に入られたんだか知らないけど。もしかして仕事終わったあとに組長のとこに特別マッサージとか行ってたりして?あ、これ以上言ったら仕返しされるからやーめた」
「何さわいでるんだ。仕事しろ」
「はーい。あ、社長、コーヒーいれますね」
相変わらず頭おかしい。この人。
確かに組長先生はわたしを気に入ってくれてるが、理由は色事ではない。
はっきりとした理由があるのだ。