40 華やかな迷路へ (2)
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藤原さんから着物のことを教わりながら、一通り見終わった。
お茶会では華美すぎるのは避けるが、組長先生の希望もあって、華やかな振袖も用意したのだという。おめでたい正月など祝いの会では未婚女性は振袖を着ることもあるのだとか。
「せっかく嬢ちゃんと一緒の茶会だ。わびさびもいいがたまには華やかにいきたいじゃねえか」
組長先生のなかではわたしは振袖一択らしい。
しかし、お招きくださったのは松田さんだ。松田さんに対して失礼な真似はしたくない。
「なーに、松田には連絡済みだ。松田も楽しみにしてるってよ」
やはり振袖一択なのか。
「お茶も着物も日本の美しい伝統でございます。美しい伝統を楽しまれたらよろしいと思います」
美しい伝統を楽しむ・・・藤原さんのこの意見には賛成だ。
ただ、美しい伝統には受け継がれたしきたりと言う厳しさも含まれる。なるべくならしきたりにのっとって楽しみたい。
でも振袖はたぶん人生最初で最後になるだろうな・・。
成人式はお母さんの喪中だったから参加しなかったし。
うーん、甘えても良いのだろうか?
なんだか、『明日からダイエットする』的な言い訳のように思えて情けなくなってきた。
「どうだ、嬢ちゃん。気に入ったのはあったか?」
「どれもこれも素晴らしくて・・」
「ははは、確かに迷うわな。嬢ちゃんは着物、好きか?」
「はい。子供の頃によく着せられました。お母さ・・、母が特に好きで。だから髪も日本髪を結うのに切らせてもらえなくて長かったです。小学生時代は毎朝髪を三つ編みにしてもらってました。中学からは自分で三つ編みにしてました」
「・・・そうか、嬢ちゃんのお母さんは・・きっと・・嬢ちゃんを愛して丁寧に育ててくれたんだろうなぁ・・・」
「そう・・かもしれません」
親の愛情に気づくのは失ったあとからだ。
人はいつも失ってから幸せだったことに気づく。
わたしは今あるこの繋がりを自ら離れて、いつか後悔するのだろうか?
後悔してもしなくても、
・・・その時はその時か。
いまから考えても仕方がない。
頭の中でぐるぐる考えていたのもあって、なかなか選べず迷っていると、「会長、前島さんからお電話です」と組長先生が呼ばれた。組長先生は「おう!」と答える。
「あ、すみません。時間がかかって・・・」
「時間なんざ気にするな。ゆっくり選んでていいんだ。ちょいと席外すぜ。すぐ戻ってくるからよ」
そう言って、組長先生は部屋から出て行った。
「羽織ってみたらいかがでしょう?」
「え?」
「実際に体に合わせてみるとまた違って見えます。さあ、どうぞ」
藤原さんは柔らかな白と薄紅色の地に、四君子文様(竹・梅・蘭・菊の4つを揃えた文様)が描かれた振袖を手にした。
「あらー!キレイねー!」
振袖に手を通したところに楓さんが現れた。
「ねえ、全部袖を通してみてもいいかしら?」
「もちろんでございます」
「でも・・」
「遠慮しない遠慮しない。あたしにも楽しませてよ。うちは男の子ばかりなんだから」
楓さんは笑いながら言った。押しの強さと笑顔が組長先生に似てるなと改めて思った。