38 反省と戒め (2)
「あいつ無骨で女には気が利かないけど悪いヤツじゃないのよ!女に気が利かないだけで!」
「は、はあ・・・」
せ、迫らないで。黒岩さん、助けて。
「楓!いい加減にしねーか、お前は」
「だってぇ、帰したくないわこの子。会長にはあたしから話すからさ」
「楓!」
いけない!夫婦喧嘩勃発しそう。
話を、話をそらさなければ。
「あの!若頭、海外に行かれたって聞いたんですけど」
「そうそう、そうなのよ。フランスのお店でなんかもめてるらしくてねー。困っちゃうわよね、京司朗がいなくなったとたんこれじゃあ」
ため息をもらし、楓さんは言う。
「若頭、大変なんですね」
夫婦喧嘩は回避された模様である。ひとまず安心。
「海外の事業が落ち着くまでは行ったりきたりでしょう。イタリアのほうはうまくいってるんですけど」
と、黒岩さんは話す。
「あらもうこんな時間?あたし着物揃えなきゃ」
「昨日揃えたんじゃないのか?」
「いいのがまたみつかったのよ。朝早く持っていくって言ってたから、そろそろ届いてるはずよ。ちょっと行ってくるわ。じゃあみふゆちゃん、またごはんの時にねー」
そう言うと、楓さんは風のように去って行った。
「すみませんね、やかましいヤツで」
「い、いえ、楽しい人で・・お姉さんのようで」
「俺達もそろそろあがりましょう。朝食は7時からですから」
「あ、でも収穫したブルーベリー・・」
パック詰めとか袋詰めとか
「あとは俺がやりますから」
と、ベリー君がニコリと笑う。
「でも」
食い下がろうとしたが、黒岩さんの、会長が待ってますからという言葉に、わたしはその場を離れた。
黒岩さんに、「汗をかいたでしょうからシャワーを使ってください」と言われた。客室には全てバスルームがついているので自由に使ってくださいと。
今回は、ジャージ持参で来た方がいいと言われ、着替えるのと、バッグを置くのに客室を貸してくれていたのだ。
人様のお家でシャワーとか・・と迷ったが、汗をかいたままでの食事は失礼だろうし、着物を選ぶことを考えたらやはり浴びた方がいいのか・・・と、結局使わせてもらった。
図々しいかなと思いつつ、ザッと浴び、着替えて、教えてもらった『朝食をとる部屋』に向かった。
通路となる幅広の長い縁側は、足元から天井まで(防弾)ガラス窓で、歩きながらお庭を楽しむことができる。
形良く手入れされた木々、草花、燈籠が所々に見え、不規則に規則正しくしかれた切石の先には茶室がある。大きな池には曲線を描く反り橋がかかっていて、なんとも優雅だ。一日中観ていてもきっと飽きない。
わたしの普段の生活とはかけ離れた世界がここにある。
食事も、朝食をとる部屋、昼食をとる部屋、夕食をとる部屋、それぞれ日によっても違うのだという。
今朝、朝食をとる部屋は『一の間』と呼ばれ、洋風のダイニングスタイルだった。
組長先生がテーブルの中央にどっしりと座って、お茶を飲みながら新聞を読んでいた。
「おはようございます」と、挨拶をすると、組長先生は自分のすぐ側の席に着くようにわたしを招いた。
隣は楓さん、楓さんの真向かいは黒岩さん。わたしの真向かいは空席で、「そこは京司朗の席だ」と、組長先生が教えてくれた。
運ばれてきた朝食は和食。
年配の、使用人頭の本橋さんという女性と、数人の若い男性が運んできてくれた。目の前に食事が並べられていく。
「ありがとうございます」
と言うと、若い男性がニコリと微笑んで会釈してくれた。見覚えがある。以前、背中を祓った人かもしれない。
朝食が和食って、いつも憧れていた。
誰かが作ってくれる朝食に、憧れていた。
焼き鮭に卵焼き、お味噌汁は豆腐とネギ、きゅうりの糠漬け、根菜類の煮物は大根・ニンジン・ゴボウにシイタケとサヤインゲンが入っていた。それからほうれん草のごま和えに黒豆。ご飯は雑穀米。最後に、苺と甘夏の寒天よせがでた。
「ごちそうさまでした!美味しかったです!」
ほんとに美味しかった。
何年ぶりかで誰かと朝ご飯を食べた。
「嬢ちゃんは本当に美味そうに食うからなあ。見てても気持ちがいいんだよ」
自分が食べてる表情は見れないからなんとも言えないが、褒められてると思っておこう。
組長先生と、黒岩さんと楓さんと・・・。
本来なら若頭がいるはずなんだろう。
そうだ、わたしではなく。
・・・・・。
彼のテリトリーに勝手に踏み込んでいるのはわたしではないか・・。
急に、そんな思いが心を駆け巡った。
若頭にしてみれば、自分のいない間に知らない女が入り込んできていたのだ。警戒して当たり前だ。
甘えすぎていたのかもしれない。
組長先生に気に入られているからと、どこかに思いあがった気持ちが若頭に対する態度に出ていたんじゃないだろうか。
「嬢ちゃん?どうした?」
「え?あ、・・なんでもないです。あの、ベリー君はごはん、どこで食べるんですか?」
わたしの質問に黒岩さんが答えてくれた。
「あいつは寮に住んでるからそっちの食堂で食べるんですよ」
「寮?寮があるんですか?」
「うちの敷地内にな。社員寮みてえなもんだな」
組長先生が答えてくれた。
「組長先生、すごい・・・」
福利厚生もしっかりしてると、わたしは本音がポロリ。
「そうか、凄いか。嬢ちゃんに褒められると気分がいいねえ」
組長先生は、そーゆーことをさらりと言ってのけるのがズルいと思う。
朝の食卓で、他愛ない会話をして過ごす。家族のように。
けれど、これはひとときの幻想で、この場所はわたしの居場所ではないと、言い聞かせる。
松田さんのお茶会が終わったら、少しずつ組長先生からも離れていこう。
元々は、お店に来るお客様と販売員。
上手に断る術を覚えていこう。
一人で生きていくには。
そして、着物選びの準備ができたと呼びにきたのはベリー君だった。