33 見え隠れするもの (4)
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「ははははは!嬢ちゃんとそんな話までしたのか。こいつなかなかやるじゃねぇか、なあ?京よ。そういやお前、名前はなんてぇ名だっけ?」
「勅使河原幸之助です」
「ほう?ずいぶん長くて立派な名前じゃねぇか。じゃあ・・、そうだな、ベリーでいいか?嬢ちゃんはそう呼んでるんだろ?」
「会長、人の名前はきちんと」
「かてーこと言うなよ、京。なあ、ベリー、それから嬢ちゃんなんか言ってたか?」
「はい。・・・あの・・」
勅使河原が少し躊躇した。
「なんだ?話してみろ」
京司朗は勅使河原に話すよう促した。
「・・俺が農業高校卒業だって言ったら、笑われるかと思ったんですけど、羨ましいって言ってました」
「羨ましい?」
「彼女が高校の話を聞きたがったんで、農業高校がどんなとこか、何をやってたかとか、いろいろ話してて、そしたら、農業高校ってすごいなって、人生にすごく役にたつ教育機関なんだなって。自分も農業高校にいけばよかったって」
惣領貴之と京司朗は勅使河原の言葉をじっと聞いている。
京司朗はみふゆが高校は中退だったことを思いだす。
「みふゆさん、なんか事情があって高校は中退したみたいで、でも卒業したかったって。希望した仕事先はどこも最低高卒で、今の花屋さんに就職したのは学歴不問だったからだって言ってました。
働きながら高卒の資格を取ろうと思ったけどなかなか難しいってことも言ってました」
「そうか、嬢ちゃん・・、そんなこと言ってたのか・・・」
珍しく、貴之は神妙な面持ちをし、黙ってしまった。
眉間にシワを寄せ、目をつぶったまま腕組みをして何か考え込んでいるようだった。
京司朗はそんな姿の貴之をこれまでに見たことがなかった。
やはりあの娘には何かある。
調べきれなかった何かが。
「・・あ、あのー、おれ、明日花屋さんに行ってもいいですか?」
貴之が黙り込んでしまい、勅使河原が戸惑いながら京司朗の方を見て言った。
「かまわないが、どうした?」
「みふゆさんにブルーベリー届けようと思って」
青木みふゆの名が出ると、貴之は目を開け、勅使河原に言葉をかけた。
「なんだ?嬢ちゃん持って帰らなかったのか?」
「いえ、持っていったんですけど、たくさんあるから花屋のみんなにも分けたいって帰ったんです。あの人のことだから、均等に分けるだろうし、そうしたら多分みふゆさんの分ってあまり残らないと思うんです。分けるって知ってたらもっとたくさん持っていってもらったのに。だから、明日収穫した分は花屋さんに届けようと思って」
京司朗は勅使河原の気持ちを利用することにした。
「それなら収穫にまた誘えばいい。明日持っていっても多分また分けてしまうだろうから」
━━━━当分、勅使河原に青木みふゆを任せるか。他にもいろいろ話を引っ張り出せそうだ。
京司朗は企んだ。
「そりゃあいい。話を聞いてりゃあ嬢ちゃんずいぶん楽しんでたみたいだしな。嬢ちゃんには俺から言っておくからよ、ベリー、これからもよろしく頼むわな」
「は、はい!これからプルーンや桃の収穫もありますし」
「よし!決まった!」
貴之の乗り気な姿勢を見て、京司朗はわずかに口端をあげ笑みを浮かべた。
これで京司朗も身近でみふゆを観察することができるのだ。
そうすれば、また違う側面がわかるかもしれない。
青木みふゆことも、会長・惣領貴之自身のことも・・・。
「では会長、俺は土門社長との取引に行ってきます」
京司朗が座礼すると、貴之は機嫌よく、
「ああ、土門によろしく言っといてくれ。ベリー、お前ももういいぞ。仕事中悪かったな」と言った。
勅使河原は京司朗のあとをついて、貴之の自室をあとにした。
「仙道さん・・、仙道さん?」
「ん?ああ、すまん、考え事をしていた。どうした?」
「電話、鳴ってますけど・・」
運転している三上に言われ、京司朗は電話のコールも気づかないほど考えこんでいたと気づいた。
惣領貴之の過去に触れることになるのだ。事情が事情だけに慎重になるのは当たり前だが。
「はい、仙道です」
〈井上です〉
「どうした?」
〈申し訳ありません!青木みふゆを調べていたことが会長に・・・〉
「そうか。仕方がない。気にするな」
〈それで・・いますぐ戻ってこいと、会長が・・〉
「わかった」
京司朗は電話をきった。
「三上、屋敷に戻ってくれ」
「はい」
三上がハンドルを切って車をUターンさせた。
━━━━想定はしていたが、ずいぶん早くバレたな。
京司朗は車の窓から外に目をうつした。
晴れ渡った夏の空が輝いている。
━━━━まあ、いいさ。何発か殴られてくるか。
京司朗を乗せた車は、惣領家の屋敷へと戻って行く。