番外編 お遊戯会 3
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美之は貴之の私室と繋がっている仏間の障子を開けてもらい、縁側に立った。まずは正座して仏壇に向かって頭を下げると「そうりょうみゆきです!歌って踊ります!」と宣言し、「ラン♪ラン♪ラン♪ラン♪ララランラン♪♪」と、真っ白な格好の美之は豆腐役の練習を始めた。
二十分ほど歌って踊ったあと、美之は再び仏壇に向かって正座をして「ありがとうございました」とお辞儀をして、今度は小箱を首からぶら下げて、白い格好のまま庭に降りた。
庭の掃除当番者から、『募金活動でもするのか』と言いたげな視線が美之に向けられた。
本日の庭掃除当番は勅使河原と御園生だ。二人は美之の見守り優先で掃除を続けた。
美之が庭に出たのを確認した父親の京司朗は、パソコンを閉じてリビングのソファから立ち上がった。
美之はしゃがんで小石集めを始めた。
首からぶら下げているのはお気に入りのハート模様のかわいい箱で、美之は小石を手にしてはつかみ具合を確認し、一個一個丁寧に選定しながら箱に入れていった。
小さな手にふさわしい小さな石が集められてゆく。
朗は立ち並ぶ木々のなか、栗の木を見上げていた。
大きい立派な栗の木だ。青々とした葉が生い茂り、風にゆれている。
果たして自分はこの立派な栗の木に負けない栗の木役を成し遂げられるのか━━━━━
朗は栗の木をさらに見上げて、
よし、登るぞ!
と、栗の木に手をかけた。
司は犬小屋の前にいた。
ジーッとみつめてからため息をついた。
ついさっき、母と約束したではないか。
寝るときはせめてお家のなかで・・と。
司は悩んだ。
犬はスヤスヤと気持ちよさそうに昼寝している。
母との約束を守るべきか、自分の気持ちを優先すべきか。
司はお遊戯を気にしてはいない。練習も家ではしない。
司のおじいさん役は歌と踊りは無く、セリフが中心だ。しかし頭のいい司にとって覚えることは造作もない。ひらがなどころか漢字も普通に読めるのだから。
司は先生から台本をもらって、多くはないセリフを早々に覚えてしまっていた。
美之は石集めを終えて、池のそばまで行った。首から下げている箱を足元に置いた。そして両手を腰に当て、「ラン♪ラン♪ラン♪ラン♪ララランラン♪♪」と歌いだし、豆腐になって踊り始めた。
美之は白いマントをひらひらとひらめかせた。
「おとーふー♪おとーふー♪わたしはおとーふー♪♪まっしろつやつやなめらかなー♪みんなのおいしいおとーふー♪」
マントをひらひらさせながらクルリと回った。
「おいしいおとーふ♪みんな大好き♪♪」
マントをひらひらさせていると、鯉が現れた。
美之がいる時は決して現れない鯉達だが、白い格好に白いマントをひらひらさせると姿を現す━━━そのことに美之が気づいたのは昨日の土曜日。たまたま池のそばでお遊戯の練習をしていた時だった。
鯉達が、次々と姿を現す。
美之は嬉しそうにニコッと笑ってポケットに潜ませた木の棒を取りだし、素早く足元の小石を握ると、Yの字型の木の棒のゴム部分にセットしてヒュン!と鯉に向かって撃った。
小石は鯉に向かって勢いよく発射されたが真横に落ちた。鯉はスイーッと逃げていく。
“チッ、外したか”と、舌打ちが聞こえそうな美之だ。スナイパー美之。
美之は気を取り直して再び踊りだした。
白いマントをひらひらさせた。
鯉をおびき出すのだ。
左手にYの字型木の棒、右手に小石。
それらをあらかじめ持って白いマントをひらめかせ踊った。
Yの字型の木の棒とは、昭和の時代はパチンコと呼ばれ親しまれ、現在ではスリングショットという名がスタンダードになりつつある。害獣駆除に使われたりする、殺傷性がある。
美之は池から目を離さず鯉が出てくるのを踊りながら待った。鯉を仕留めるという野望を忘れていなかった。新たな武器まで手にして。末恐ろしい娘である。
美之がクルリと回った。マントが空中にひらめいた。
鯉が顔をのぞかせた。
チャンスだ!!
美之はスリングショットをかまえた━━━が、
ザーーッ!!バラバラバラッ!!
美之の頭上から小石が降ってきた。最後に小石の入っていた箱で頭のてっぺんをバシンッと叩かれた。
痛い!
思いも寄らぬ出来事に、美之は振り向いた。
司がいた。
司が美之を睨んでいた。怒っているのだ。
五歳児なのに睨みの迫力は大人顔負けで、美之は怖くなった。
美之が大声で泣きだした。
「美之、司」
父・京司朗の登場だ。
美之は一目散に京司朗に泣きながら駆けよった。
「うわあぁぁんっ!おとーさあぁーん!つかさがみゆちゃんに石をーー!!」
美之は京司朗にしがみつくと、京司朗は美之の頭の上についてる小石を手で払った。
司は泣いてる美之をなおも睨んで、
「みゆちゃんが悪い」
と、言った。
悪いと言われた美之は「みゆちゃん悪くないもん!」と、反論した。
京司朗は美之の頭を撫でながら、
「勅使河原、ジョージを連れてこい」
と、命じた。勅使河原は「はい!」と答え、箒を御園生に渡して走って行った。
美之と司が父・京司朗を見上げた。
なぜジョージを?そんな表情である。
『ジョージ』とは、惣領家の番犬を長い間勤めていた土佐闘犬の名前だ。いまはもう年老いて、番犬は引退している。
荒かった性格はすっかり穏やかになり、引退後に生まれた三つ子達とも友達だ。
特に美之はジョージを気に入っていて、連れだって散歩に行ったりしている。
勅使河原がジョージを連れて歩いてくる。歩くこともおぼつかないジョージにあわせて、勅使河原もゆっくりゆっくり歩いている。
京司朗は「そこで止まれ。勅使河原、お前はどいてくれ」と勅使河原に命じた。
ジョージが一頭だけ残された。座れと命じられていないジョージはよろつきながらも立ったままだ。
引退しても、主人に忠実な番犬のプライドを忘れていない。
美之は父とジョージを交互に見た。
父は何をする気なのか。
京司朗は石を拾い、美之のスリングショットを構えた。標的はジョージだ。
美之はビックリした。父はジョージを撃つ気だ。
「だめーっ!!ジョージを撃っちゃだめーーっっ!!」
美之はジョージのもとに駆けていった。
ジョージを抱きしめてかばうと、
「おとーさんのばかあーーっ!!」
と、叫んだ。
京司朗はスリングショットを下ろした。
「美之、お前だって同じことをしただろう?司がかわいがっている鯉を狙って石で撃っただろう?」
美之はハッとした。ハッとして司を見た。
司はもう美之を睨んでいなかったが、悲しそうな顔をしている。
「・・つかさ・・・。つかさ・・、ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・!つかさの・・鯉ちゃんに石ぶつけて・・・、ごめんなさい・・・、ごめんなさい~~~~っっ!!」
美之は自分の過ちに気づいた。
自分が悪いのだ。
恥ずかしさと後悔で、美之は涙をボロボロこぼして泣いた。泣いて司に謝り続けた。
「っていうことがあったのよ。豆腐を見るとそんなほろ苦い思い出が蘇るのよね」
美之が湯豆腐を目の前にしみじみとしている。
「あったわねぇ、そんなことが。わたしがおじいちゃまと帰ってきたら美之がしがみついてきて、“みゆちゃんいい子じゃなかったの。ごめんなさい”って泣きだしたのよ」
みふゆが微笑みながら湯豆腐にスプーンをいれた。
「でもお母さんはスリングショットをどこから手に入れたの?」
美之の娘のりらが不思議そうに訊いた。
「自分で作ったのよ。夜店の屋台でオモチャをとるのにスリングショットを使ったの。で、庭で遊んでたらちょうどYの字型の木の枝をひろってそれにゴムをくっつけたのよ。頭いいでしょ?」
美之は自慢気だ。
「お父さんはあのあと、美之に嫌われたかもって少し落ち込んでたわね。子供を育てるって難しいなって」
みふゆが言うと、
「えーっ?!初めて聞いたわ、それ!」
美之が驚いた顔で言った。
「そうよね。褒めるのはいいけど叱るのは私も難しいって感じるわ。美祐はとくにやんちゃ盛りだし」
りらは自分の娘の美祐を思ってため息をついた。
みふゆの娘の美之は大学卒業後すぐに結婚した。そんな美之の娘のりらも、若くして結婚していま子供がいる。りらは子育て真っ最中だ。
「お遊戯会はどうなったの?」
「もちろん大成功よ!拍手喝采ね!私の豆腐の歌と踊りにみんな釘付けよ!」
美之が胸をはって自慢すると、りらは、
「話半分で聞いとくわ」
と、あきれた口調で言った。
「何よ!ホントなんだから!」
美之が言い返すとみふゆが
「あとで録画のDVDを観ましょう」
と目尻にしわを寄せて笑った。
にぎやかなリビングに、
「ただいまー。あ、何食ってんのー?三時のおやつ?」
と、朗が現れた。
三人は声を揃えて、
「湯豆腐よ!」
と、言った。
朗は、『なんで湯豆腐?』と疑問に思った。
end




