番外編 秘密を持って生まれた子 3
.
黒翠は薄闇のなかでゆるゆると眠りについていた。
ここのところやけに眠りが多くなり、黒翠は己が存在が薄れてゆくのを感じていた。
水無瀬玄州との戦いは終わり、心は穏やかだ。
このまま朽ちるやもしれぬと思いながら、それでもよいと決めていた。
────黒翠
────・・おお、姫よ。お呼びか
黒翠は丸めた体から、頭だけをゆっくりとあげた。
うっすらと、十二単の姿が見えた。
────黒翠、順はお姉さまとともに旅立たれた
────そうか。風見殿は安寧の先に発たれたか。良きことよ
────そなたも人の輪に戻るがよい
────儂は姫のもとを離れぬ
────黒翠、このままわたしのそばにいれば、そなたは新たな人の道を歩むことが出来なくなってしまう
────良い。それで良いのだ、姫よ。儂は姫のそばでゆるりと朽ちようぞ
────そなたの家臣達が新たな人の世でそなたを待っている
────儂を待たずに平和の世で幸せに暮らせと伝えてくれぬか
────黒翠、いまならばわたしはそなたを我が娘の胎におくることができる
────姫よ、儂は・・
────そなたの妻であった菊姫も待っている
────菊姫・・、菊が・・
────そなたが新たな命として降りねば、菊姫もまた新たな命として降りることが叶わぬのだ
────・・姫は・・ひとりここに残るのか・・?
────案ずるな、黒翠。わたしにもいずれ“時”が来る
────姫よ・・、我が主よ・・・
────黒翠、感謝している。ありがとう・・。さあ、行くがいい。光さす道へ。人の輪に戻って幸せに生きるがいい。思いの限り、喜びに生きるがいい
愛する者と共に幸せに─────
「司!?」
母親のみふゆの声に司は目を覚ました。
「司、どうしたの!?大丈夫!?」
焦った母の声に、司は起きあがり、自分が涙を流しているのを知った。小さな手で涙をぬぐった。
────小さな手じゃ。儂はまだ幼いのか・・
「怖い夢でも見たの?」
みふゆが司を抱きしめた。
「・・・」
司は時折あのときの夢を見る。
『姫』と呼んでいた主・水無瀬礼夏との、最後の言葉のかわしあいを。
「大丈夫、大丈夫よ。お母さんが抱っこしてるから。怖い夢はもう見ないから」
みふゆは司を膝に乗せてまた抱きしめて、頭を、背中をゆっくりとなでた。
────同じ手・・・
母親のみふゆの、司を優しくなでる手は心地良い。礼夏と同じだ。黒翠をなでる礼夏の手も、いつも溢れる愛情を感じさせてくれた。
────数奇な運命かもしれぬ・・
礼夏の力により、礼夏の娘・みふゆの子供として産まれ時を生きる。
────姫がくれた新たな命。大切にしっかりと生きねば・・・
司であり黒翠でもある幼子は、抱きしめられたまま再びうとうととしはじめた。
まだ消えぬ記憶が少しばかりの憂いを秘めて、『姫』と呼び仕えた女性に思いを寄せた。
────姫よ、我が主よ・・、いまはどうされているのか・・・。願わくば・・、願わくばどうか光のなかで心安らかにあれ・・・
『司』という名をもらい、新たな生命に生まれ変わった黒翠には祈るしか術はなく、やがて、小さな寝息をたてて、みふゆの腕の中ですやすやと眠りについた。




