番外編 秘密を持って生まれた子 2
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厨房のドアが横に開いてティートローリー(ティーワゴン)を押す美之が出てきた。
「あら、司。まだいたの?」
美之の声にハッとして、司は振り向いた。
「“まだいたの”はひどいな。心配してたのに」
「やーね、いつまでもメソメソしてる子供じゃないわよ」
美之がいつものようにツンとすました。
強がる美之の態度に司は小さく笑って、
「僕が運ぶよ」
と、コーヒーと紅茶が乗ったティートローリーに手をかけた。
リビングに戻ると、なぜか三つ子達の昔話になっていた。
りらがみふゆと京司朗に、眠ってしまったりらの娘 美祐がやんちゃすぎて困るのだと話したことから三つ子達の昔話になったらしい。
みふゆと京司朗の三つ子達の思い出話しは面白く楽しかった。
父親の書斎に入り、パソコンを勝手にさわって起動させ、父・京司朗の九人の部下達と友達になったり(美之の黒歴史)、マグロを釣ってお金儲けをしてくると言って家出をしようとしたり、当の美之は覚えていない出来事も多かった。おそらく朗も幼い頃の出来事は覚えていないだろう。
だが、司は違う。
生きてきたこれまでの時間の出来事をほぼ覚えている。
三つ子でありながら、同じ年齢でありながら、司は朗と美之の二人とは違っていた。
三つ子の長男、惣領司は不思議な子供だった。
司の不思議さがなんとなく表れたのは生後二ヶ月。
朗と美之がお腹を空かせて泣いているのにかかわらず、司はまぶたを開けて、ただジーッと空間をみつめていた。
「司?おなか空いてないの?」
みふゆは声をかけた。
声をかけられて、司はようやく「ふぇ・・」と泣きだした。
司はおとなしくて手がかからなかった。かからなすぎる。他の二人、朗と美之と違いすぎる気がする。
みふゆは不安を覚えた。
みふゆは不安を胡蝶に相談した。胡蝶からは「赤ちゃんもいろんな子がいるのよ。大丈夫よ」と答えをもらった。
生後六ヶ月。
司は相変わらずおとなしかった。あまり泣かないのだ。泣くときは朗と美之の泣き声や、母親のみふゆの声に反応して思い出したかのように泣く。
朗と美之と違ってとにかく司は手がかからない赤ん坊だった。
三時のお茶の時間、みふゆは訪れた楓にも不安な胸の内をもらした。
「おむつの時は泣くんでしょ?」
「はい。おむつの時だけは・・」
「それなら大丈夫よ!手がかからないなんていいじゃない。司はお母さんの大変さをくんでるのよ!」
「・・そうでしょうか・・・」
「そうよ。心配ない心配ない!この年で女の大変さに理解を示すなんて、司はすごいわ!」
楓がみふゆに明るく答えて、ベビーベッドのそばに行くと寝ている司の顔をのぞきこんだ。
「あら、司、起きてたのね」
目を開けて、じっと空中をみつめている司に楓が“いないいないばぁ”をした。
司は楓をじっとみつめた。
みつめ合う楓と司の間に、「・・・」という無言の空気が流れた。そして、司が「きゃっきゃっ」と笑った。
状況を把握し、ここは笑うところだと理解をしたかのような笑い方だった。
「やだ司ってばおもしろいわぁ!」
楓は司をベビーベッドから抱きあげた。
楓も言うのだから間違いないないだろう。楓も男の子三人を育てあげたベテランだ。
産婦人科医である胡蝶も特に問題ないと言っていた。
仮に何かあったとしてもまだ六ヶ月だとわからないかもしれない。わからないなら、今、不安がってもしょうがない。心配ばかりしてもしょうがない。
不安と心配に溺れるより子供達をたくさんかわいがろう。一緒に笑おう。
子供達の命の一瞬一瞬の輝きを瞳に焼きつけるんだ。
みふゆは自分の心の中の暗さを取っ払った。
池のほとりに立って泳ぐ錦鯉をじっと見ている司は二歳と九ヶ月、やがて三歳だ。
三つ子達は十二月がくれば三歳になる。
司は錦鯉を眺めるのが好きだ。
手を後ろに組み、泳ぐ錦鯉の姿に満足げに頷く。まるでご隠居様のようだった。
司は歩けるようになってから、こうして一人で池のほとりに立って錦鯉を眺めるのが日課となっていた。
池の周囲には柵が作られているが、司が錦鯉を眺められるように低めの柵になっている。
ただし、柵が作られた理由は司ではない。美之だ。
池の錦鯉を、銛の代わりなのか、子供用のおもちゃの熊手をもって刺して獲ろうとした美之のせいだ。
しかし、柵があろうが何があろうが、三つ子はまだ二歳と九ヶ月。万が一にも池に落ちぬように周囲の警戒は常に最高レベルだった。
今日も━━━━
「・・・なあ、」
「うん・・・」
庭の清掃当番、田中と笹森は司の見張りと見守り優先で清掃業務を行っていた。二人は司から目を離さない。
紺色の浴衣を着た司は、手を後ろに組み鯉を眺めていた。その姿は祖父である惣領貴之に劣らぬ貫禄を醸しだしている。
「まだ三歳にもなってないのにあの存在感」
「放つオーラが違う。さすが代表の子、会長の孫・・」
池のなかでは色とりどりの錦鯉が優雅に泳いでいる。その中でも一匹の大きな錦鯉は黄金色の輝きを放ち、司の前に現れては離れ、現れては離れてと回遊を繰り返し、司の瞳を楽しませた。
全身が黄金色の錦鯉は“池の主”と呼ばれ、めったに現れないが、司が池のほとりに立つ時だけはこうして姿を見せてくれるのだ。
司は目を細め、口元に笑みをつくっている。
────ふむ、いつ眺めても良い鯉だ。優美で気品がある。まさに王者の風格よの。池の主にふさわしい
「おしゃかなー!」
司の後ろで声がした。美之だ。美之が突進してくる。
熊手は危ないからと大人達に隠されてしまい持ってないが、小さなボールを持っている。錦鯉にぶつけて獲る気か。
美之は鯉を獲るのをあきらめていない。
────おお、いかん。美之が来た。お前達は早う逃げろ
司は錦鯉たちに目配せすると、鯉はあっという間に広い池の中央に去っていった。
「おしゃかなー、いなーい・・」
美之が柵につかまり池をのぞいた。鯉たちは去ったあとだった。司は美之に
「おしゃかな、ねんね」
と教えた。美之は首を傾げて、
「ねんね?」
と、聞き返した。司が頷いた。
「おしゃかなー・・、たべるー・・くしにしゃしゅー」
美之は残念そうに池をみつめた。
司は美之を、
「・・めっ!」
と、言って叱った。
────この鯉は食べるために泳がせてるわけではないのだ。いくら鮎の串焼きが美味かったとはいえ、どうしてこうも池の鯉まで串に刺して食べたがるのか・・、わからぬ・・
惣領司は見た目はかわいい幼児だ。
艶のあるまっすぐな黒髪はサラサラで、くっきり二重まぶたの大きな目に彫りの深い顔立ちは京司朗にそっくりだ。将来は父・京司朗を越える美男になると今から評判だ。
しかし、中身は・・・。
「美之ー、司ー、おやつの時間よー」
母親のみふゆが朗と手をつなぎ、ゆっくりと歩きながら近づいてくる。
美之は“おやつ”と聞いて「ドーナチュ!?」と瞳を輝かせてボールをポイと捨て、みふゆの元に駆けていった。
司は駆けてゆく美之の後ろ姿にため息をついてボールを拾うと、自身もゆっくりぽてぽてと、みふゆの元へ足を進めた。
惣領司、年齢二歳と九ヶ月。
見た目はかわいい美形幼児。
中身は━━━━
━━━━中身は、『黒翠』である。
みふゆの母・礼夏の眷属、あの黒犬・黒翠である。
戦乱の世、数多の戦を勝ち抜きながらも呪詛をかけられ敗れた戦国武将。
呪詛により死して犬とされた家臣達のために、自らも犬となり、人間としての成仏の途を歩まず彷徨うことになった男。
水無瀬礼夏と出会い、家臣達を浄化させて救ってくれた礼夏に仕えようと眷属になった男だ。




