番外編 とわずがたり~思い出を辿れば~3
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惣領家歴代当主の中で、最も強いカリスマ性を発揮した惣領貴之。
貴之の後を継ぎ、惣領家をさらに発展させたのは惣領京司朗(旧姓 仙道京司朗)だ。
そして、京司朗から当主の座を継いだ惣領司は、故・惣領貴之を超えるカリスマだと言われている。
京司朗に似た整った顔立ちは、大人になるにつれ彫りが深くなり美男と呼ぶにふさわしい外見となった。惣領家の男としてあらゆる武道を学ぶのが必須だったせいか体格も良い。
振る舞いは常に礼儀正しく品格があり、物静かで怒鳴ることがないせいか、おとなしい性格だと思われているが、実は一番苛烈な性格をしている。
司には四人の子供が生まれている。今はまだ小中高の学生だ。
司が結婚した相手は、代々惣領家に仕えている本橋家の娘だ。惣領貴之の時代の使用人頭、本橋信子のひ孫にあたる本橋真理恵という女性だ。
剣道を通じて親交を深めていった司と真理恵は、結婚後に真理恵が惣領家の剣道場の師範を勤めている。
真理恵は今日、教え子の試合があるため、モミの木の伐採には参加できなかった。
次男の朗にも二人の子供がいるが、こちらも高校生と小学生だ。妻は『呉服の藤原』の藤原匠真の孫の藤原ゆり。藤原匠真のあとを継ぎ、着物作家となった女性だ。
髪の毛以外は司とそっくりな朗は脳外科医となった。イギリスの病院に勤務ののち、現在は本郷二条総合病院で活躍している。
美之の早い結婚から始まり、司と朗、数年おきに続いた三つ子達の結婚は、みふゆと京司朗の生活を実ににぎやかで楽しい、いつも子供達の声があふれる明るい毎日にしてくれている。
「まあ、ステキなモミの木ね!」
みふゆはひ孫の美祐に手をひかれ、玄関前に出た。
とんがった天辺から裾野をきれいに広げたモミの木だ。
「でしょう?去年のモミの木に負けないわよ!」
美之が今年も得意げに胸を張った。
みふゆは「そうね」クスクスと笑った。
「そうだわ、お父さんと司がね、山小屋に気になるところがあるから調べてから帰るって」
「あの山小屋ももうずいぶん古いから建て替え時かもしれないわね」
「そのつもりみたい。建築部門の新庄さんが途中から来てたわ」
「壊してしまうのかしら?やっぱり今日一緒に行けばよかった」
「ダメよ。せっかく熱が下がったのに。無理は絶対ダメ!禁物よ!」
美之が強い口調で両腕を使って大きなバツをつくった。
「あらあら怖いこと」
みふゆがちょっとおどけて言うと、
「ぜったいダメーッ」
と、美祐が真似て小さな手でバツをつくり、みふゆは「はいはい」と笑った。
みふゆはここ二ヶ月、熱の上がり下がりがあるのだ。
原因のわからぬ熱に倦怠感。
周囲が心配し、美之はやたらとみふゆの元を訪れては世話を焼きたがる。亡くなった胡蝶とそっくりだ。
「さあ、なかに入りましょ、お母さん。美祐もよ。りら、あとはよろしくね!」
美之はモミの木の手入れをしている娘のりらに声をかけ、りらが「オッケー!」と明るく答えた。
切ったばかりのモミの木は、これから納屋に入れ、庭師達の手により虫などの処理をしてから室内に運ばれる。
「モミの木はいつもの場所でいいかしら?それとも違う場所に置いてみる?」
美之がリビングを見渡して訊くと、みふゆは
「いつもの場所がいいわ。落ちつくから」
と答えた。
窓のそば、部屋の角に━━━
五十年前、父の貴之があちこちに実際に置いてみて決めてくれた場所だ。きっとここ以外ふさわしい場所はない。
『みふゆ!どうだ?!ここならどこからでも眺められるぜ』
貴之の声が聞こえるようだ。
体調が不安定に陥りやすいみふゆはサンルームのベッドで過ごす日がたまにあり、そんなみふゆのために貴之が決めてくれた場所だった。
置き場所を決め、みんなでわいわいがやがやと楽しくモミの木を飾り付けた。
飾り付けには松田家の面々も訪れ、初めて次男の誠矢とあった。
誠矢は中学からスイスの寄宿学校に入っていて、時折日本に帰国するのだと聞かされた。まさか自分の娘の美之と結婚するとはほんのわずかも考えなかった。
いや、自分が子供を、それも三つ子を生むとはこれっぽっちも考えていなかった。
人生とは奇妙なものである。
「どうしたのお母さん?一人で笑って」
思い出しているみふゆに美之から声がかかった。
「五十年前を思い出していたのよ。誠矢君と初めて会った時、まさか自分の娘と結婚するなんて思わなかったって」
「そっか、スイスの寄宿学校にいて、十二月に入ってすぐに帰国した年ね」
「惣領家の娘になって、京司朗さんとも結婚をして、最初のクリスマスだった。みんなで飾り付けをしたの。お父さんと京司朗さんと・・、ママと俊也おじ様、隆聖君に誠矢君、楓お姉さんに正吾さん、海斗君、永斗君、山斗君。京司朗さんの弟の亮介さんに茜さんに一斗君も」
金銀赤緑の飾りをバランスよく散らした。飴細工のサンタを永斗が食べてしまい叱られた。電飾をひっかけて、白い綿を乗せたら雪が積もる木に見えてきれいだった。
天辺の金色の星は、脚立にのぼってみふゆが飾った。以来、天辺の星は毎年みふゆが担当することになった。
『みふゆ、お前がてっぺんに星を乗せるんだ。お前のこれからの人生がもっともっと明るく幸福であるようにとな』
父の貴之はそう言って金色の星をみふゆに手渡してくれた。
みふゆは自分も含めたみんなの幸福と安寧を願い、貴之に心からの感謝を捧げた。
みふゆがツリーのてっぺんに星を飾る役目は、約四十年続き、車椅子に乗って生活していた年は、美之が代わりに飾った。
「おかしいわね。なんだかやけに昔のことを思い出すわ。五十年っていう節目だからかしらね」
柔らかに微笑むみふゆがあまりにも儚げで、美之はドキリとした。
「そうだわ、今年は誰がジャンケンに勝ってツリーのてっぺんに星を飾るのかしら!」
美之はわざと話題をそらした。
いまてっぺんの星係は黒岩三兄弟の孫達もまじって、子供達全員でジャンケンをして決めているのだ。
「そうねぇ、今年はなんだか美祐も飾りたいってごねそうだわね」
「あら、ごねてもダメよ。ちゃんとジャンケンに参加させるわ!」
「今年もにぎやかになるわね。楽しみだわ」
みふゆが明るい笑顔を見せた。美之は安心したように、
「そうよ!今年も思いっきり楽しむわよー!」
と、握りこぶしを高々と掲げた。
「ひいおじいちゃまと司おじいちゃまがかえってきたよー!」
美祐がパタパタと走ってきて、後ろからは相変わらず背の大きい京司朗と、やはり背の大きい司が顔を出した。
二人が「ただいま」と言うと、
みふゆと美之は笑顔で「お帰りなさい」と言った。
やけに笑顔のみふゆに京司朗が、「何かいいことがあったのかい?」と尋ねた。
「五十年前の、わたしが惣領みふゆとして迎えた初めてのクリスマスのことを思い出してたの。早いわ。あなたとも五十年連れ添ったのね」
「五十年か。もうそんなにたったのか」
「本当に楽しい五十年だった。とてもとても幸せな五十年を送れたわ」
みふゆはニコニコと微笑む。
みふゆの後ろで美之が唇を真一文字に結び、口元が震えている。
司が気づいて、
「美之、コーヒー淹れてくれ」
と言った。
美之はすぐにクルリと背を向け「わかった。いま淹れてくる!」とリビングから出て行った。
「お母さんは紅茶がいいわ。アッサムにしてって、司、美之に伝えてくれる?」
「ああ、伝えてくるよ」
司もリビングから出て厨房に向かった。
「司の後ろ姿、亡くなったお父さんに似てきたわ」みふゆが静かな笑みで言った。
京司朗はみふゆの肩を支えるように抱いて、二人は寄り添った。
「そうだな、よく似ている。親父は希代のカリスマと言われたが、司はそれを超えていると評判だよ」
「あなたの子ですもの。当然よ」
「嬉しい言葉だな」
「ふふ・・」
老齢の夫婦となったみふゆと京司朗は仲睦まじく、今日も穏やかに言葉を交わす。
厨房に繋がる廊下の真ん中で、美之は泣いていた。
おそらく誰もが気づいている。
これが最後のクリスマスになるのだと。
すべての日々が最後だと。
もう長くはないだろう命の灯を━━━━━
「美之・・」
司が後ろからそっと声をかけた。
「大丈夫。私、大丈夫よ・・!」
「うん」
「大事に過ごすわ、みんなで楽しい時間を毎日つくってお母さんと過ごすんだから・・!」
力を込めて美之は自分にも言い聞かせた。
「そうだな」と、司は美之の肩をポンポンと優しくたたくと「お母さんには紅茶を頼むよ。アッサムにしてくれ」と言った。
美之は顔をあげて、
「ええ!」
と返事をして厨房に入っていった。
美之が消えた厨房のドアをしばらくみつめたあと、司は小さなため息をついて窓の外を見た。
雪は静かに舞い落ちる。
みふゆの愛する惣領家の庭を隠すように真っ白に染めあげている。その中で━━━━
冷たいだろう雪に手を差し伸べている人影があった。
司は目を見張った。
━━━━じじ様・・?
白く染まる庭、池のほとりに惣領貴之が立っていた。
━━━━待ってください・・。もう少し、もう少しだけ待ってください・・・
せめてもう一度、春の花が咲き乱れる美しい庭を母に見せたいと、司はその姿に願った。




