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番外編 夫の疑問、妻の確信 3

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本郷二条総合病院に連れてこられた。そう、産婦人科だ。

「残念だわ!京司朗の間抜けヅラが見られるチャンスだったのに!」

楓お姉さんは電話が入り、乗ってきた車でそのまま自身が経営している会社のひとつである縫製工場に向かった。


わたしはというと、診察の結果、赤ちゃんができていたらしい。それも双子かもしれないと。


そうか、太ったと感じたのは赤ちゃんができたからか。

なるほどー。でもぜんぜん実感がない。

どうしよう。

こんなんで親になれるのか。


嬉しい気持ちより、不安が勝る。


「大丈夫ですよ」


喜びより、あっけにとられ視線を下げたわたしの耳に、先生の声が聞こえた。わたしの不安を見抜いたようだ。

先生の後ろに立っていた看護師さんが、壁掛けの電話の受話器をとって返事をしている。看護師さんは受話器を壁に戻し、

「一階の総合カウンターからです。惣領代表が到着されたとのことです」

と、言った。

「では、私が出迎えてまいりますね」

そばに着いていてくれた明理さんが診察室から出て行った。


「初めての妊娠はみんな不安なものです。私もそうでした」


先生が優しい笑顔で言った言葉にわたしは少し安心した。


京さんが来たというのは仕事を中断させてしまったのか。なんだか申し訳ない。

でも、なんて言おう。

赤ちゃんが一人か、二人かはっきりしない。

どう説明しようかと考えてるうちに、ドアが開く音がしてわたしは振り向いた。





その日、惣領家に歓喜の声が響いた。

父の喜びようはわたしの想像をはるかに越えていた。

ホントに空でも飛びそう!



「新たな命の誕生だ!命の宿りだ!命の誕生は皆で祝うぞ!」



若い頃、妻と子を残酷な失い方をした父。

そんな父の大きな喜びが嬉しかった。

ひとつ、親孝行ができたかなと思った。



急遽開かれた祝宴。

いろんな人、たくさんの人に祝ってもらった。

わたしは幸せ者だと心から思う。


祝宴が終わり、わたしと夫の二人は離れに戻った。

夫がわたしの肩を抱く。

わたしは穏やかな気持ちになる。


赤ちゃん、大切に育てよう。

お母さんがわたしを大切に育ててくれたように。


『みふゆがお腹にいる間はずーっと話しかけてたのよ』


お母さんみたいにたくさん話しかけてみよう。


『お母さんの声、聞こえてたでしょ?覚えてる?』

『しらなーい。おぼえてなーい』

『━━━━なんで覚えてないのよ!母と娘の粋な会話が台無しよ!』


そういえば『覚えてない』って言ってほっぺたをむにょーんって引っ張られたんだっけ。

無邪気にほんとのことを答えたら叱られたでござるだわ。

余計なことまで思いだしてしまった。


赤ちゃん、わたしはそんなことしないから大丈夫だからね。楽しいお話したくさんするからね。


それにはまず良い環境を整えなければ。


何より大切なのは夫婦仲良くが鉄則だ。


不安な環境は赤ちゃんに伝わってしまうかも。


だから・・・、


阪神タイガースと広島カープにより入った夫婦間の亀裂も小さいうちに早々に修復しなければ。

夫は勇気を出して今朝阪神タイガースの名を口にしたのだ。

わたしも勇気を出して言ってみよう。

離れの庭のバラの蕾に囲まれて。


「は、阪神タイガースのファンであることは誰にも言わないので、離れでテレビを観る時は阪神の応援を心おきなくしてください!お父さんには絶対言いませんから!」 


こぶしを握りしめ強い決意を持ってわたしは言葉にした。


「・・・・・。なんで俺が阪神のファンなんだ?」

夫が不可思議な顔をしている。

あれ?空振り?

「だって今朝阪神の優勝を気にしていたから・・」

「・・・ああ、」

夫が笑った。

「そうだな、最初の状況から話そう。君は夜中に帰った俺のことを『はんにん』って指をさしたんだ。で、犯人扱いされる心当たりがなかったから、もしかしたら『はんしん(阪神)』って言ったのかと思って君に聞いてみたら六甲おろしを歌いだしてそのあとに“ゆーしょー”って言ったのさ」

「━━━━━━!!」

衝撃の事実が明かされた。

「だから君が阪神の優勝を願うくらいの阪神タイガースファンかと思って。阪神ファンなら親父につきあって広島カープを応援しなくてもいいんだと言いたかったんだ」

夫が優しく抱きしめてくれた。


優しく抱きしめてくれたがわたしは内心冷や汗ものだ。


わたしは高確率で間違いなく夫を『はんにん(犯人)』と言ったのだ。

わたしを太らせた犯人。主犯格・夫。

妊娠を知るまでは夫の作った美味しいパンやお菓子で太ったんだと思ってたから。


「・・それとも・・・」

抱きしめられたわたしの頭の上で声がした

「やっぱり『はんにん(犯人)』って言ったのか?」

「・・・え?・・」

わたしは言葉に詰まった。

「俺は何の犯人なんだ?」

「は、はんしんです!阪神って言ったと思います!!」


しらばっくれよう。

わたしは『はんしん』と言ったのだ!

赤ちゃん、しらばっくれるというのはね、ウソをつくのとは違うんだよ。人間関係を良好に保つには場合によってはしらばっくれるのも必要なんだ。


「だから六甲おろしを歌ったのはきっと寝る前にユーチューブの全球団応援歌を聴いたからだと思います!トリを飾ったのが阪神タイガースだったので!」

「“ゆーしょー”は?」

「ゆ、優勝は・・たぶんお父さんから阪神の社長さんが*飛行機事故で亡くなった時の話しを聞いてたから印象に残ってたんだと思います!お父さんと土門さんは広島カープを応援してたけど、その年だけは阪神タイガースが優勝して悔しいけど嬉しかったって言ってたから!」


『あの年タイガースは連敗しても負けに甘んずる事がなかった。社長が飛行機事故に巻き込まれた直後から連敗したが、きっちりと首位を奪還した。負けても苦しんでも勝ちを取りにいった阪神タイガースに、俺は男を見たぜ。日本シリーズで優勝した時にゃあ土門と一緒に阪神の応援歌を歌っちまったからな!』


父の言葉を思い出しながら懸命に力説したわたしを、夫は笑っていた。



~end~




*1985年8月12日、524名を乗せた日航機123便が高天原山(たかまがはらやま)山中(御巣鷹の尾根)に墜落し、520名が亡くなった。520名の中には、阪神タイガースの中埜肇(なかのはじめ)取締役社長(63歳)と、電鉄本社の石田一雄常務取締役も入っていた。

同日、事故の報せが入る。

翌日8月13日、巨人戦に勝ちにいったが3連敗、その後の広島戦も2連敗、大洋ホエールズ初戦にも敗し、順位は巨人に抜かれ3位に。しかしタイガースは再び快進撃を始め、8月27日に首位を奪還する。

10月16日、優勝決定戦を制した阪神タイガースは21年ぶりのセ・リーグ優勝を果たした。優勝を決めたボールは選手達により中埜社長の霊前に手向けられた。

日本シリーズでは西武ライオンズを相手に4勝して優勝。ライオンズ有利の予想を覆して、阪神タイガースは初めての日本一となった。


また、優勝に歓喜し興奮したタイガースファンが、ケンタッキーおじさんのカーネル・サンダース像を道頓堀川に放り込むという事件も起きている。

以降、阪神の低迷期が続いたことから『カーネル・サンダースの呪い』ではないかと日本中で囁かれた。


カーネル・サンダース像は24年後の2009年3月10日午後4時ごろに大阪市中央区の道頓堀川にて発見されている。

なお、2023年の阪神タイガースのセ・リーグ優勝、38年ぶりの日本一をもって、『カーネル・サンダースの呪い』は解かれたとされている。



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