番外編 夫の疑問、妻の確信 1
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入籍後、平屋の離れが俺とみふゆの居となった。
以前は俺が仕事場として使用していたのを改築したのだ。
いま、庭には彼女が選んだバラが二度目の春を迎えてたくさんの蕾をつけている。このまま温かい日が続けば次々と花を咲かせるだろう。
バラの庭を通り、玄関を開けると、うっすらとした灯りと、彼女が生けたフリージアがほのかに良い香りを漂わせて帰りを出迎えてくれた。
こうして仕事で深夜に帰宅することは多い。
妻となったみふゆは先に寝るのが気にひけたのか、初めの頃は俺の帰宅を起きて待っている努力をしていた。
しかし努力は大抵実らず、ダイニングテーブルの上に突っ伏して寝ているか、リビングのソファとテーブルの間の床に寝ているので、待たなくていいからベッドで寝るようにと促した。
心臓に悪いじゃないか。
どうしてソファとテーブルの間の床の上に寝てるんだ。倒れているのかと思い何度冷や汗をかいたか。
今日も午前零時を過ぎている。
シャワーを浴びて寝室のドアを静かに開けた。
みふゆは気配に敏感だ。起こさぬようにと近づいたが、目を覚ましたのか起きあがってしまった。
「ああ、すまない。今さっき帰ってきた」と言い終わらないうちに、彼女は寝ぼけ眼で、
「はんにん・・」
と、俺を指さしつぶやいてパタリと再び眠った。
はんにん?
「・・・・・」
『犯人』?
俺が?
俺、なんかしたか?
・・起こした犯人?
「いや、待てよ・・」
『はんしん(阪神)』と言ったのか?
気になりすぎて聞いてみた。
「さっき、犯人って言った?」
「・・・う・・ん・・?」
いまのはYESという意味なのか?
「それとも阪神って言ったのか?」
「・・ろっこーおろしにーさぁっそうとーー♪」
歌い出した。
「フレーッフレッフレッフレーッ♪」
思いっきり端折ったな。最初と最後だけ歌うとは。
「ゆーしょーっ」
え?
今年の優勝は阪神なのか?
どういうことだ?
予知?予言?
もしかして俺のせいで阪神が優勝するのか?
阪神を優勝させる犯人が俺ってことか?
そんなことになったらカープ好きの親父が激怒するぞ。
そうか・・、
俺は阪神を優勝させる『犯人』で、さらに親父を激怒させる『犯人』
「・・・」
納得いかない。
眠ってしまったみふゆをこれ以上問い詰めるわけにもいかず、納得のいかない気持ちと疑問を持ちつつ俺も眠りについた。
朝。
みふゆがキッチンのカウンター上のスコーンをじっとみつめている。
三時のお茶用に俺が焼いたスコーンだ。
「今食べたいなら食べていいぞ。三時の菓子なら他のを用意させるから」
「え?!━━━ううん!!三時に食べる!!」
やけに力強く否定した。なんだろう?今度は俺をじっと見ている。視線が痛い。
「どうしたんだ?」
「え?」
「俺をじっと見てるから」
「え?!見てましたか?!」
自分で気づいてないのか。
何か言いたげな瞳だ。俺とスコーンを交互に見ている。
やはり知らないうちに俺は何かしているのかもしれない。
阪神を優勝させる何かか・・?
しかし俺と阪神タイガースの関係性などせいぜい株くらいしかないんだが。
株以外の何かがあるならぜひとも知りたい。
どんなことであれ親父を激怒させる方向は避けたほうがいい。
めんどくさいからな。
彼女も言うに言えないのかもしれない。
まずは気軽に話せる雰囲気をつくらなければ。
とりあえず当たり障りのない話題を振りまくか。
さりげなく、好きなプロ野球チームがあるかを訊いてみた。親父の影響で広島カープを応援しているが、彼女自身の好きな球団が別にあるのではないか。
「応援しているのは広島カープです。お父さんがカープのファンだからわたしもカープのファンになりました」
想定内の答えが返ってきた。
「阪神か中日じゃないのか?」
「中日はドアラが好きです」
「・・ああ、うん。そうか・・」
六甲おろしを歌ったわりには歯牙にもかけない。わざとか?まさか隠れ阪神ファン?
「今年は阪神が優勝すると思うか?」
「どこでもいいです。でもお父さんが喜ぶから広島カープが優勝すればいいと思います」
「・・・そうか・・」
阪神に触れないというのが怪しいな。
阪神に対してそっけなさすぎる。
やはり阪神タイガースの隠れファンかもしれない。
2 に続く。




