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182 記憶の扉 -7-

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京司朗は回したピザ生地を台の上に戻すと手早くソースと具材をトッピングしていった。ペスカトーレはあらかじめ煮込んであるエビやイカ、貝などを生地にのせた。トッピングの終わった生地は専用オーブンに入れられた。


ピザに冷たい飲み物は必須と、楓は冷蔵庫をのぞいた。

冷蔵庫にはノンアルコールのビールや炭酸飲料、フルーツジュースなどが入っている。

「みふゆちゃんは何がいい?オレンジジュースにリンゴジュースにレモンスカッシュ・・ミルクティーもあるけど」

「とうにゅうがいい」

「豆乳?豆乳がいいの?」

「うん。おかあさんがね、とうにゅうはおっぱいがおおきくなるから、のんだほうがいいって」

貴之がむせた。爆弾発言である。

みふゆはさらなる爆弾を投下。

「おかあさんもとうにゅうのんでおっぱいがおおきくなったからっていってた」

楓と大塚の視線が貴之に集中した。

みふゆの母親・礼夏(れいか)の胸の大きさを直接知ってるのは貴之だ。

「なんだ、お前ら!なんで俺を見やがる!」

「お前の女の趣味の基準は理解してるぜ」

大塚がポケットからタバコを出した。

「タバコはベランダで吸え!」

「いい年して八つ当たりかよ」

大塚は笑いながらタバコをくわえた。

「みふゆちゃん、おっぱいはね、あまり大きくなくていいのよ。重いだけだし肩がこるから」

みふゆの胸はすでに大きいので、アドバイスとしては遅いが、これ以上大きくならないようにするには有益だろう。

「でもおかあさんはおっぱいはおおきいほうがなにかと“おとく”だっていってたよ。おとうさんはおっぱいおおきいのとちいさいのどっちがいい?」

「え?、いや、お父さんはだなー、そうだなー・・おい!京司朗!この場をなんとかしろ!」

「俺は何も聞いてませんでしたから」

しれっと答える京司朗は、トッピングが終わり、4枚目のピザをオーブンに入れ、焼きあげを開始させた。

みふゆは焼きあげの開始を見て、「ピーザ、ピーザ、ピーザ」と心と口は最早ピザに移っていた。

立場の無い貴之は

「くそっ!」と、立ち上がった。


━━━礼夏のヤツ、子供になんてこと教えてやがったんだ!


心のなかで礼夏に毒づき、そういえば礼夏はずいぶんふざけた性格だったと、貴之はいまさらながらに思い出した。


貴之がベランダに出ると、大塚のスマートフォンが鳴った。声の主を聞いて大塚もベランダに向かった。

「貴之」

大塚がスマートフォンを貴之に渡した。胡蝶の声がした。


京司朗はデザート用のキウイを手にし、上下のヘタを切り落とした。薄くするりするりと皮を剥いている京司朗の手元をみふゆは見ていた。

「きょーさん、きょーさん。きょーさんはどこでピザまわすのおしえてもらったの?」

「“さん”はつけなくてもいいよ」

「としうえのひとはよびすてにしちゃいけないっておとうさんがいってたよ」

「そうか。じゃあ“さん”をつけていいよ」

みふゆは青木重弘のしつけを守っている。記憶に息づく父の教え。

「学生時代のバイト先の料亭の厨房に、フランス人のピザ職人がいて、その人に教えてもらったんだ」

「おねえちゃん、りょうていってなに?」

「日本料理のお店よ。退院したら連れてってあげるわ。みんなで食べに行きましょ」

「やったあ!」

「でもなんだか複雑ね。日本の料亭にフランス人でピザ職人って」

「面白い男でしたよ。いまはアメリカでスペイン料理の店を出してます」

「どーゆー人なのよ。統一性が皆無じゃない」


話しているうちにピザが焼きあがった。

「できた!おとーさーん!せんせー!ピザがやきあがったよーー!」

みふゆが叫びながら車椅子でベランダに行った。

貴之がスマートフォンで誰かと話している。みふゆは『ママ』と話しているのだと勘づいて急いだが、貴之は電話を切ってしまっていた。

「おとーさん、おとーさん、いまママとおはなししてたの?ママくるの?」

「お父さんの仕事の話だ」

「・・なんだぁ・・・」

「ピザが焼けたんだろう?さあ、食うぞ」

貴之がみふゆの頭をなでた。みふゆは「うん!」と機嫌良く返事をした。


テーブルの上には焼きたてのピザと、デザートの果物が並べられていた。デザートは洋梨と葡萄のコンポートにキウイが添えられている。葡萄の赤紫が色鮮やかだ。テーブルの中央には堀内の挿したアレンジメントが飾られ彩りを演出していた。



にぎやかな昼食だった。6種類のピザはあっという間に無くなった。

ピザを食べ終わるとみふゆはデザートのフルーツを口に運んだ。柔らかな洋梨の上品な甘さが口内に広がる。

「おいしい・・!」

みふゆはフルーツもパクパクと全部食べてしまった。


みふゆの食欲に、大塚は、病院での食事量も3食すべて通常に戻すことにした。


食べている間もみふゆは玄関を振り返るしぐさを度々していた。

胡蝶を待っているのだと皆気づいていたが、胡蝶の名を口にすることは誰もしなかった。


「さあ、片付けるわよ」

楓が席を立った。

「ママ、こないのかな・・」

みふゆが玄関を振り返ってつぶやいた。


一瞬静まりかえったが、京司朗が「後片付けを手伝ってくれるかい?」と声をかけると、みふゆは思いなおしたように「うん、いいよ」と車椅子を動かした。


みふゆは重ねたピザプレートを膝の上にのせ、キッチンの京司朗のもとに運んだ。

貴之は手伝うみふゆを眺め、プレートを運びつつも玄関を気にするみふゆがかわいそうだった。

貴之はスマートフォンを手にしてベランダに出た。



片付けが終わり、たくさんのピザとデザートに埋もれていたテーブルは、堀内のアレンジメントだけが花を咲かせている。


みふゆはラッピングがほどかれたアレンジメントのバラを指先でつついて、

「ママはごはんをちゃんとたべたのかな・・」

と胡蝶を心配した。


「ママ・・くるっていったのに・・」


みふゆはテーブルに突っ伏した。









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