18 社長夫人
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「青木ちゃんっっっっっっ!!」
店のドアを開けるなりいきなりわたしに突進してきたのは花屋社長夫人。
職業ウェディングプランナー
車の運転、下手。
車であちこち追突しまくる猪突猛進な性格は、車を運転しなくても変わらないようだ。
おかげで花屋店内で人身事故が発生した。
犠牲者、みーちゃんまたは青木ちゃんと呼ばれている青木みふゆ23歳、わたしである。
全身打撲にもむち打ち症にもならなかったものの、ここにいたらいずれ社長か社長夫人に殺されるのではないか。
これを機にわたしも退職を願い出るべきではないかと真剣に考えた。
「なーんだ。辞めたのはあの女なの。じゃあ、いいわ。別にどーでも」
どうやらわたしが退職届けを出したと勘違いしたらしい。
勘違いした自分をアッハハ!と笑い飛ばす社長夫人は、これでも売れっ子ウェディングプランナーで、稼ぎは県下二位を誇る当店の売り上げ以上だという。
社長夫人も天性の才能がぴったりと職業に生かされ、マッチングが成功している人なのだと思う。
人生の一大イベント、幸福へのキップを手にふたりで共に人生を歩んでいくための儀式を最高のものにするべくそんなウェディングプランナーが、なぜに女好きAVエロ社長と結婚したのか大変不思議。
愛人を公認してまでも結婚したかった・・・と、いう風には見えないのだが。
「奥さん、コーヒー飲みますか?」
「待って!!」
珍しい、いつもコーヒーなのに。
「紅茶の方がいいですか?」
「あの女がいないということは・・!」
「・・・、あの、コーヒーか紅茶・・・」
「うちのバカ社長がもしかしてもしかしてもしかして・・!」
「あの・・」
「次は青木ちゃんを狙うのでは!?」
「・・・・」
社長の嫁は何を考えているのだろう。
「だめよ!だめ!絶対だめ!!あんなバカ男には林でじゅうぶんよ!」
その言われようはさすがに事務元先輩が気の毒。
「奥さん、とりあえず落ち着いてコーヒーを・・・」奨めてみた。
「そうだわ!林を連れ戻せばいいんだわ!!」
やめて。
「うるせぇぞ!!朝から何を騒いでんだお前ら!!」
「騒いでるのは奥さん一人ですよ」
社長が二階の元・愛の巣から降りてきた。昨夜はそこに泊まったようだが、愛の終焉に涙でもしてたんだろうか?
「・・・。俺にもコーヒーくれ」
社長はそういうと、いつものティーテーブルの椅子に座った。
「うるさいとは失礼ね!女に捨てられたあんたを心配していま連れ戻しに行くところなのに!」
「失礼なのはお前だ。なんで俺が捨てられたことになってるんだ」
「何よ!じゃあ林があんたを捨てたっていうの?!」
「同じ意味じゃねえか!!」
朝から夫婦喧嘩が始まり、げんなりしたわたしは社長のコーヒーをティーテーブルに置き、店頭横でお花の水替えをしている七十先輩の元にいった。
「わたしがやりますから、休憩してください。カウンターにコーヒーいれておきましたから」
「ああ、ありがとね。みーちゃんがほとんどやってくれたからあとはこれひとつで終わりだ。やっちゃうよ」
七十先輩も心なしかご機嫌だ。
出勤時、自転車で走ってるときはうっすら霧がかかっていたが、今は太陽が燦々と降り注いでいる。
今日も暑くなりそうだ。
そんなことを思っていたら二台の車が店の前にとまった。一台は長いバン?ワゴン車?
「ああ、今日は若さんがお花取りに来たんだね」
若さん?!
七十先輩、いつのまに若頭をそんな気軽に呼ぶように・・・?
なんだか置いていかれた気分だ・・・。
七十先輩はいまだ夫婦間抗争が続く店内に花を取りにいった。
今日は八重咲きの白のトルコキキョウと、150センチほどあるドウダンツツジの枝である。そうか、ドウダンツツジを乗せるための長い車か。
お付きの人が後部座席のドアを開け、黒い乗用車から若頭が降りてきた。
若頭は降りるとすぐわたしに向かってニコリと微笑んで、
「おはようございます」
と言った。
店の外に一人残されているわたしは、「いらっしゃいませ。おはようございます」と、お辞儀角度30度の販売員の見本のごとく、お客様第一号の若頭をお迎えした。