179 記憶の扉 -4-
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「り・・、りんちゃんは強くなったから大丈夫だよ!今度はりんちゃんがみーちゃんを守るからね!」
泣くもんかと、握りこぶしをつくり力説した梨理佳を、「りんちゃん、すごーい!」とみふゆは手を叩いて讃えた。
「・・花を貰ってそろそろ行くか」貴之が言った。
堀内がフラワーアレンジメントを取りに車に足を進め、貴之が堀内のあとについて行った。
「堀内」
「あ?」
「糸川の嬢ちゃんを叱るなよ。ショックを受けてるみてえだからな」
「・・ふん、言われるまでもねえよ」
堀内は助手席のドアを開け、黄色、オレンジ、白、ピンク、緑のバラで作ったアレンジメントを手にした。緑のバラはスプレーバラでエクレールという品種だ。
「ほう、こりゃいい。明るくて華やかだ。小さなバラ園みたいだな。白と青の小花はブルースターとホワイトスターだが・・こいつはオレガノ・ケントビューティーか?ケントビューティーを使うなんざお前にしちゃ珍しいじゃないか」
オレガノは食用ハーブで有名だが、アレンジに使っているのは花オレガノとも呼ばれる観賞用のオレガノだ。
「青木はケントビューティーも好きだから使っただけだ」
「・・・いちいちむかつくヤツだが花に関しちゃ腕は確かだ」
貴之は自分が知らないみふゆの一面を知ってる堀内が気にくわない。
「・・けっ、」
「おいおい、褒め言葉はありがたく頂戴するもんだぜ堀内」
「イチャモンつけられながら褒められてもありがたくも何ともねえぜ」
━━━似ているな
京司朗の眼差しは並んで歩く二人の男をとらえている。
惣領貴之と堀内健次。
血の繋がり以上に、堀内は最近雰囲気がどことなく惣領貴之に似てきた。堀内健次を惣領家の当主に祭りあげようとした連中の気持ちも、今ならわからないでもない。
堀内がもっと上手く立ち回っていれば、惣領貴之の後継者は堀内健次だったかもしれない。血族である分、堀内のほうが有利だったはずだ。異論を唱える者も出なかったろう。
特殊な立場に生まれた堀内健次は、惣領家と松田家のどちらの当主にもなり得た。それなりの人望があった男だ。堀内の過ちは、惣領貴之に従うのを拒んだことだ。己の意思と闘志を貫きすぎた。だから惣領家は堀内の牙をもいで監視下に置いた。
堀内は生涯を惣領貴之の監視下で生きるしかない。
「おにいさん、おにいさん」
みふゆが京司朗のジャケットを引っ張った。
「なんだい?」
「ピザ作りにりんちゃんも呼んでいい?」
みふゆの素直な願い事に、京司朗は一瞬迷った。糸川梨理佳と楽しげに話すみふゆの願いは叶えてあげたいが、無理だ。
「みーちゃん、りんちゃんはこれからママとおでかけの約束があるから、また今度ね」
梨理佳がすぐに返答した。
みふゆは「そうなの・・」とがっかりした。
京司朗は梨理佳に対してお礼の意味をこめて軽く頭を下げた。梨理佳がニコリと笑い頷いた。
「みふゆ、ほら、テーブルに飾る花だ」
貴之がみふゆのひざ上にラッピングされた花をのせた。
「・・きれい・・・」
がっかりしていたみふゆの顔がパアっと明るくなった。
「もしかしておじさんがつくったの?!」
「もしかしなくても俺が挿したんだよ」
ぶっきらぼうに堀内が言った。
「おじさんすごーい!ほんとにおはなやさんだったのね」
「お前しつこいぞっ」
「きれいなおはな、ありがとう。おじさんはきっとおはなのてんさいね」
みふゆは笑った。
堀内はみふゆの笑顔にドキリとした。
無垢な笑顔だ。
「だいすきなおはなばかり。きいろのバラでしょ?オレンジのバラでしょ?しろのバラにピンクのバラ。みどりのバラはエクレールね。それからオレガノ・ケントビューティーも好きだし、ちいさなあおいおはなはブルースター。しろいおはなはホワイトスター。まるいはっぱはコロニラ」
みふゆはアレンジに使用されている花材を言い当てた。
「それからそれからコニファー、ブプレリウム、ブルーベリー、カラーはしろがすきだって言ってた。しろからみどりにかわるアジサイはアナベル、にんきのドウダンツツジ、フサスグリ、せんにちこう、アジアンタム、オンシジウム、デンファレ、アイビー、スマイラックス、レザーファン」
「今まで扱ってきた花材か・・?」
貴之がつぶやく。みふゆはアレンジメントを見ながら次々と目の前には無い花材の名をあげていく。
堀内は花材の名を聞いているうちに気づいたことがあった。
『堀内が好んで使う花材』だ。
カラーは白が好きだって言ってた━━━みふゆが入社当初、本店で花束とアレンジメントを教えていた時の堀内のセリフだ。
━━━━覚えていたのか
堀内はみふゆから目をそらした。
みふゆはしばらくの間、花材の名を言い続けた。
「みふゆ、そろそろ行くぞ?」
貴之がみふゆの頭に手を置いた。
「うん。おじさん、おはなやさんがんばってね。さいのうあるんだから、おみせ、とうさんさせないでね」
「ああ、ありがとよ。わかったから早く行っちまえ」
無防備な笑顔をむけないでくれ━━━━━
悪態をついた堀内の足を梨理佳は踏んづけた。どうせ怒らせついでだと、思いきり踏んづけた。
「いっ!?・・とかわぁぁぁ、テメエなあ・・!」
痛かったらしい。
「りんちゃん、またね!こんどはもっといっぱいあそぼうね!またいっしょにごはんたべようね!」
「うん!みーちゃん!またね!まってるからね!」
みふゆは車に乗り込み手を振っている。梨理佳もずっと手を振っている。
やがてアルファードがゆっくりと走り出した。
梨理佳は去って行くアルファードが見えなくなるまで手を振っていた。
完全に見えなくなると、梨理佳はうつむいた。堀内が「おい、帰るぞ」と不機嫌に言ったが、梨理佳はうつむいたまま返事をしなかった。
「社長・・」
「なんだ」
「今度っていつですか・・?また一緒にっていつですか?!みーちゃん先輩いつになったら帰ってきてくれるんですか・・?!」
梨理佳はパタパタと涙をこぼした。
「・・俺が知るかよ」
「う・・、う、うぅ・・うわあぁぁぁぁんっ!」
梨理佳が声をあげて泣いた。
「あれー堀内社長、道の真ん中で何女の子泣かせてんのー?」
店舗の移転を終えた総菜屋・天竜の次男・香取裕が現れた。香取は今日は、これまで世話になった近隣の店舗や商店街住人に挨拶まわりをしていた。
「俺が泣かせたんじゃねーよ!」
「社長ですぅーっ!社長が悪いんですぅーーっ!全部社長があぁぁぁーー!うわあぁぁぁん!!」
「やっぱ社長じゃん」
「くそっ!俺は先に本店に戻るからな!糸川、店の窓しめて鍵してから本店に戻ってこいよ!」
堀内は糸川に支店の鍵を渡した。
「本店に歩いて帰ってこいって言うんですかーーーっうわあぁぁん」
「着払いタクシーで戻ってこい!」
「俺が送っていくよ。かわいそうになあ。何があったか知らないけど、ほら、串カツとコロッケ食べて元気だしな」
「はいぃぃ~~~っっ」
梨理佳は泣きながら、それでも食べた。
糸川梨理佳と香取裕。
今日がきっかけとなり、のちに結婚するふたりである。




