162 短命の一族 (4) 消える、23歳のみふゆ
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「お父さん、どうしたの?」
「ん?ああ、なんでもねえ。ちょっと考え事だ」
「・・・疲れてない?お仕事もして、病院にまで来て一緒にいてくれて・・・。わたし、お父さんの時間をたくさんとってしまって」
「俺の仕事は報告を受けて指示をするだけだ。今日はたまたま俺が現場に出向いての指示が必要だったのさ」
「お父さんは仕事してないときは何をしてるの?」
「そうだなあ、剣を人に教えているな。米や野菜を作ったり、山の手入れもしている。花や茶もたてる。あとは三味線と書だな。写経は特に落ちつく。他にもあるが」
「たくさんある・・」
「ははは、そうだな。・・だが、俺が一番楽しいのはお前と一緒にいることだ」
「ほんとう?」
「本当だ」
貴之の答えに照れ笑いのみふゆがひよこを抱きかかえて、顔をボフッと埋めた。その間、約十五秒。
「・・・お、おい、みふゆ。息、苦しくねえか?」
声をかけられみふゆはパッと顔をあげた。ニコニコと笑顔だ。
「お父さん、『しゃきょう』って、何?」
瞳をキラキラさせて、みふゆは興味深げに貴之に聞いた。表情も、仕草も、言葉づかいも、一昨日より昨日、昨日より今日と、より子供に退行してるのが貴之にもはっきりとわかった。
「墨で白い紙にお経を書き写すんだ」
「わたしもやってみたい」
「そうか。一緒にやるか?」
「うん!あ、・・・でも墨も紙もないよ」
しゅんと勢いがしぼみ、みふゆはうつむいた。
「売店で売ってる。あとで買いに行こう」
貴之はみふゆの頭を撫でた。
「売ってるの?!いま行きたい!」
みふゆはオーバーテーブルを退かし、ベッドから車椅子に移ろうとした。
「さあ、お昼ご飯がきたわよ。売店はお昼を食べてからになさい」
胡蝶が昼食のプレートをオーバーテーブルに置いて、テーブルをみふゆの近くまで戻した。
「なくならない?」
「大丈夫よ。大きな売店だったでしょう?そんなに簡単に無くなったりしないわよ」
「そうか、売店には入院してから初めて行ったか」
「うん。大きかった。本も文具も食べものもたくさんあったの。お洋服もあった。売店の横には入院用の自販機もあったよ。スーパーみたいで楽しかった!」
話すみふゆを貴之が愛おしげにみつめている。大甘な表情だ。
父親としての貴之を見れば見るほど、胡蝶は考え至った小さな不安が払拭できないでいた。
短命が多いのではないかと思われる水無瀬一族。その血をひくみふゆも短命の可能性が出てくる。
貴之は病院に来る前に惣領家の寺・権現寺で礼夏と対面したはずだ。
何かを聞いたはずだ。
礼夏の呼び出しには、胡蝶と楓の母親の百花寺住職・惣領早紀子も参加している。
貴之に内容を聞くのは憚れるが、母親に確かめたら教えてくれるかもしれない。
「胡蝶、メシ食うぞー」
貴之が胡蝶を食事のテーブルにつくように誘った。
「早く早く!食べよう!お昼もおいしそうだよ!」
みふゆが胡蝶に催促を加える。
23歳のみふゆなら決してしない口調と態度だ。
みふゆは子供に退行している時間が長くなっていく。




