105 兄?妹?(3)
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「・・・イタリア?!」
パ~スタ~!なイタリア?!
ビックリしたわたしを少し笑って、若頭は、
「先祖返りというやつだ。両親も祖父母も背はそんなに高くなかったが、曾祖母は170センチと女性にしては背が高く、親族にも190を越える人がいたそうだ。曾祖母の写真があるが、彼女の若い時の顔といまの俺はよく似ている」
いまの若頭?ってことは顔立ちの整った宝塚の男役みたいな凛々しい女性だったに違いない。ドレスの時代かなぁ。見てみたい。
「きっと美しい方だったんですね。若頭は子ど・・」
子供の頃から大きかったんですか?と聞こうとしたけれど、組長先生の『九歳で両親が死んだ』という言葉を思い出した。
「子、ど・・、こ・・んど、身長計ってみてもいいですか」
「・・身長?」
━━━━━わたしのバカ!
もっとマシなごまかし方はなかったのか。
「ハ・・、アハハハッ!」
若頭は一呼吸おいて、笑いだした。
見ろ。笑われたじゃないか。自分でもバカなセリフだと自覚はある。
「俺の身長をか?」
「すみません・・いまのセリフは忘れてください・・・」
恥ずかしくてプルプルする。ゆだる。ぷしゅ~って。
「計ってもかまわないがな。曾祖母の写真は屋敷にある。帰ったら見せよう」
見せてもらえる?!嬉しい!
「ご・・、ご迷惑でなければ見たいです!」
つい言葉に力がこもってしまった。
若頭はクックッと笑いながら、
「荷物はその二つか?」
とバッグを指した。
「はい。でも重くなってしまったので、いま本類を出してたんですけど、まだ重くて」
若頭はベッドの上のバッグを持ち上げた。
「たいした重さじゃない」と言ってもうひとつのバッグも笑いながら持った。
意外と笑いの沸点は低い人なのかもしれない。
「先に置いてくるから、他に持っていきたいものがあったら準備しておくといい」
「は、はい」
若頭が大きな重いバッグ二つを軽々と持っていってしまった。羨ましい腕力。
あの腕力、わたしも欲しい。
持っていきたいもの・・・。
枕とか刺繍のベッドカバーとかも持っていきたいけど、家にはまた帰ってくるから今はやめておこう。帰ってきたときに困るもんね。
あとはいいかな。待たせちゃ悪いし。
一階に降りると、お線香が増えていた。
若頭もお線香をあげてくれたみたいだった。
ありがとう。
今日は家であれこれ片付けながら掃除もするつもりだったのにできなくなってしまった。
わたしも家を出る前にお線香をあげ両親に謝っておこう。
ごめんなさい。最近家に居られなくて。でもまたちゃんと帰ってくるから。
お父さん、お母さん、少し待ってて。
家はこのまま残したい。
若頭が組長先生の後継ぎならいずれ結婚をするはず。
そのときにわたしがお屋敷に居ては若頭の奥様はやりにくいだろうし。わたしも居づらい。
だからわたしはここに帰ってこよう。
家を出る際に、玄関に置かれた自転車を見て、
「今日は無理だが、自転車もちゃんと持っていくぞ。大事なもんだろ?」
組長先生が言ってくれた。
わたしは「はい」と言った。
組長先生の気遣いが嬉しかった。
お隣の岸辺さんは留守らしく、ポストに回覧板のことと携帯の番号、勤め先の花屋の番号を書いた手紙を入れてきた。
若頭が車を走らせる。
考えてみたら、若頭は知っていたよね、きっと。
若頭が組長先生と養子縁組するのはわたしよりずっと前に決まってたことだから。
組長先生がわたしとの養子縁組の申し出をした時点で、わたしと兄妹になることには気がついていたはずだから。
さっき笑ってくれた若頭。
大丈夫。
兄妹としてうまくやっていける。やっていこう。必ず。
弱まっていた雨がまた強くなっている。
車があまり通らない道なのに車がいる。もしかして避難所にいく人が増えたのかも。
「やけに車が多いな」
組長先生が眉をひそめ言った。
「避難指示が拡がっています。このまま進んで渋滞に巻き込まれると厄介です。俺のマンションに行きましょう。屋敷に戻るより確実です」
運転席の若頭がスマホで情報を確認し、ハンドルをきって道を戻り始めた。
若頭のマンションは駅前商店街から車で三十分ほど離れた、十一階建ての最上階。
この辺りは十年前の水害を機に開発が一気に進んだエリアで、駅前商店街からこちらに移転した店も多いと聞いた。
即ち、駅前商店街のライバルエリア。わたしにとっては敵陣か。
車で直接十一階に行ける専用エレベーターがあった。
マンションなのに車で部屋のあるフロアまで行けるなんてこんなの見たことも聞いたこともない。
十一階ワンフロアが全て若頭のもの・・なのだが、このマンション自体が若頭のものだそう。
・・・、凄すぎて無言になる。別世界。
オートロック解除で部屋に入る。
玄関ホールが住めそうなくらい広い。キレイ。大理石?
わたしは出勤で持ち歩くショルダーバッグを抱き締めた。広くてキレイで恐れ多くてどうしていいかわからない。緊張する。お家に帰りたい。
若頭は電話が入り、別室に行ったので組長先生が室内の案内をしてくれた。
トイレやバスルーム、キッチン、リビング、どこもかしこも広い、キレイ、大理石?な高級マンションそのもの。古いお家に帰りたい。
バルコニーからは海が見えた。雨で街も海も霞んでいる。
「天気のいい日は海も山も街もきれいに見えるんだが」
わたしの横で組長先生が言った。
「テレビ、つけるか」
組長先生がリモコンを大型テレビに向けた。
睡蓮川が映し出され、テレビ画面の横には避難指示区域が表示されている。
「この調子だと睡蓮川もいつどうなるかわからんな」
組長先生が言った。
睡蓮川は堤防が完成してるから大丈夫だと思ったのに。まさか洪水がおきる?
りんちゃんからは無事家に着いたとメッセージが来ている。途中、渋滞に巻き込まれたとある。早めにお家に帰してよかった。
駅前商店街に一番影響のある睡蓮川。
昔々、睡蓮がたくさん咲いていたのだという。
昭和の時代、水質の悪化のため絶滅に瀕し、植物学者の男性が保護して睡蓮は離れた池に移され、川には名前だけが残った。
「最初の計画通りならもっと余裕があったんだがな・・」
組長先生がテレビに映る睡蓮川の水位を厳しい表情で見ている。
「堤防ですか?」
「ああ、知ってるか?」
「いえ、詳しくは・・」
「川幅の拡張を含んだ堤防建設には賛成派と反対派があった。手っ取り早く言うと、利権や金が絡みあって反対派の意見が通った。本当なら商店街側のリバーサイドマンションが建ってる場所は川になってたはずだ。あそこの土地の持ち主は最後まで買収に応じなかった。川幅の拡張ができなくなり他の買収した土地は公園になった。最初の計画に賛成した連中は駅前に見切りをつけて店舗をこのエリアに移した。いずれ同じ災害が起きると予想してな。呉服の藤原もそのひとつだ」
窓の外、雨は降り続いている。
止む気配はない。
「足止めくらいそうだな。どれ、藤原で着替えの着物でも買ってくるか。みふゆ、買い物行くぞ」
「え?は、はい」
このマンションからショッピングエリアまでは繋がっているとエレベーターの中で教えてもらった。
組長先生とわたしは久しぶりに藤原さんに会った。
わたしは藤原さんと挨拶を交わしたあと、他のお店で歯ブラシやらの日用品を買った。
組長先生は自分の着物を数枚買ったあと、なぜかわたしの着物まで買っていて、わたしが困っていると、藤原さんは「楽しまれておりましたからようございましょう」と笑った。
ショッピングエリアの店舗の一部は閉店しており、閉店準備をしている店舗も目についた。わたし達は電話を終えて合流した若頭とともに、和食レストランでお持ち帰りで食事をつめてもらい、マンションに戻った。
夜━━━━睡蓮川、氾濫。




