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102 兄、弟

.




わたしは若頭から離れると階段をのぞき、心臓の大きな鼓動を誤魔化すかのごとく叫んだ。

「りんちゃーーん!りんちゃん、落ち着いて!雷は落ちないから大丈夫だよ!降りておいで!」



「動けないんですぅぅぅーーーーっっっ」



動けないとな?

大変だ!

あまりの大きな雷に腰でも抜かしたのか。

「いま、いま行くから!!」

三階への階段を昇ろうとしたところ、店のドアがまた開いた。

「みふゆ!!大丈夫か!!」

今度は組長先生が現れ、足早にわたしに近づいた。

若頭が「俺が行こう」と、階段を昇りかけたわたしを追い越して、先にりんちゃん救出に行ってくれた。


「組長先生、どうして」

「どうしてって心配したに決まってるじゃねぇか!スマホには出ねぇ、店の電話も繋がらねぇぞ!」

「わたし仕事中はスマホはバッグの中に・・」



「みーちゃんせんぱぁぁーーーーいっっっ!」



「組長先生、待っててください!先にりんちゃんを救出してきます!」


りんちゃんは壁一面のクローゼットの扉を全開にした前で、大量の毛布やら布団やらの寝具類と未使用のタオルやシーツの入った箱に埋もれていた。

若頭が布団と箱を排除している。

二人で寝具類をどかせ、りんちゃんを救出した。

「若頭さん、みーちゃん先輩、ありがとうございました!あー、びっくりした」

「じゃあ俺は先に下に戻るぞ」

「あ、待ってください、若頭。タオルをどうぞ。髪、濡れたままだと風邪をひきます。このタオルは未使用でつい最近開店祝いの花を届けた洋菓子トルテさんから貰ったものですから安心して使ってください。保証します」

わたしは箱に入っていた、店名入りのフェイスタオルを渡した。

若頭は軽く吹き出し笑顔で「ああ、ありがとう」と、受け取って一階に降りていった。


「はあ・・」とりんちゃんがため息をついた。

「社長は物をテキトーにどんどん積み上げていくタイプだから・・。ケガはない?」

「はい。クローゼットの扉がなかなか開かなくて、無理やり開けたら・・」

「一気に雪崩れてきたの?」

「はい。びっくりしました」

「とにかくケガがなくて何より」

わたしは転がっている箱を幾つか拾いあげた。

よく見ると、洗剤の入った箱や防災グッズのバッグも転がっていた。

社長め!とにかくなんでも突っ込んだんだな!

洗剤の箱が頭を直撃したらどうするんだ!


「あれ?みーちゃん先輩、足元に・・」


りんちゃんがわたしの足元に何かを見つけた。


紺色のビロードの小さな箱。


「・・指輪のケース?」

「・・ですよね?指輪が入ってるんでしょうか?」

「・・・普通は指輪だね」

「普通はそうですよね・・でも・・」

「社長のことだから・・」


もしや・・、


もしや・・・、


一般庶民のわたし達の手には負えないヤバいモノでは・・!?


まさか寝具のなかにわざと隠していた・・?


「みーちゃん先輩、・・指輪じゃなくて小指だったらどうしますか・・・」

「偶然だね・・。わたしも今同じことを考えてたよ・・・・」



もし小指なら戦利品として大事にしまっておいたのかも・・。


スケベな女好きエロサイコパス社長と呼んでやろうか。


わたしとりんちゃんは互いに目を合わせて頷いた。


ふたりだけで確認するには気が重い。


わたし達は店に降りた。


なかは確認せずに社長に報告だけしようとの結論に至ったのだ。


「どうしたんだ?それ」

組長先生がわたしの持っている指輪のケースを差して言った。しかも組長先生の側にはお屋敷の若い衆が二人いた。いつの間に・・。

「寝具類に紛れこんでたみたいで、社長に報告しようと思います」

見つけたことだけ報告しよう。あとは関わってはいけない。


店の電話は不通となっていたため、わたしは自分のスマホから社長に電話をした。


社長は開口一番《どうした?何かあったか》と聞いてきた。

「三階の寝具のなかから指輪のケースが出てきました。このまま三階の部屋に置いておけばいいですか?」

《・・・》

社長は何も答えない。わたしは社長の言葉を待った。

《・・中は見たのか?》

中身を気にしている。やはり・・!?

「いえ!見てません!!ほんとです!!」

「ほんとです!みーちゃん先輩もあたしも見てません!!」

わたしとりんちゃんは強く強く否定した。

《わかったわかった。わかったからデカい声を出すな。見てくれ》

社長があっさりと言った。

「ええっ?!開けるんですか!?」

もしやわたしとりんちゃんを共犯にしたてようとしているのでは・・・!

《開けなきゃ見れんだろうが!!》

「・・わ、わかりました・・・」

りんちゃんがちいさな留め具を外してケースをパカリと開いた。


なかには銀色のお揃いの指輪が並んでいた。


普通に指輪だった・・。よかった・・。


「指輪が二つあります。銀色の・・。社長のですか?」

奥さんとの結婚指輪なんじゃ?

違うか。社長も奥さんも普段から結婚指輪はしてる。結婚何周年の記念の指輪とか?


社長は無言になった。


「母親のものだな」

組長先生が言った。


《組長、いるのか?》

「はい、います」

《確認してもらってくれ》

「え?・・はい。・・組長先生に確認してほしいと言ってます」

組長先生は指輪を一つずつ手にしたあと、わたしのスマホで社長に答えた。

「葬儀の時に言ってた指輪だろう。一つは妙子・・お前の母親の、もう一つは先代の松田のもんだ。名前が掘ってある」


先代の松田って・・。


社長は "三階の部屋に置いといてくれ" と言い、りんちゃんが、

「あたしが置いてきます。それから寝具の片付けもしてきます」

と言った。

「うん。お願い。でもあまり高く積み上げなくてもいいよ。社長に言ってどこか違う場所に収納しようと思うから」

「はい」

りんちゃんは指輪を持って三階へ行った。


組長先生の側にいた若い衆二人は若頭から何やら指示をされ店を出ていった。

もしかしたら茶髪男のことかもしれない。


組長先生は椅子に座って足をくみ、コーヒーをすすった。スティックコーヒーのカラがある。自分でいれたのかな?


「教えてなかったが、堀内は今の松田の当主・松田俊也(まつだしゅんや)の異母弟だ。表面的には盃をかわした弟分の扱いだったがな。・・堀内の母親は先代の松田の愛人だった。堀内妙子といって、ここの、駅前商店街の花屋の看板娘だったのさ。陽気で気立てのいい女だった」


「社長が・・松田さんの・・・」


「ああ。母親は違っていても、俊也は子供の頃から堀内を弟としてかわいがっていた。俊也の母親が亡くなって、俊也は妙子に籍を入れて松田家にくるように勧めたんだが、妙子はこの店に留まった。ここは代々堀内の花屋として続いた店だ。花屋として死にたい、できれば健次に店を継いでほしいって言ってな」


そうか、だから松田さんは本店に来た時、社長の話を聞いて嬉しそうにしてたんだ。

あの微笑みは、兄として弟を思う笑みだったんだ。


人にはそれぞれ事情がある。

今まで社長のことはただのスケベな女好きエロ社長としか思ってなかったけど、社長には社長のいろんな事情があったんだ。








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