『愛することはない』と婚約者に言われた私の前に現れた王子様
「ああん! 遅刻! 遅刻ゥ!」
私はエレナ・ドラード。伯爵家の娘。今は貴族学校への道のりをパンを咥えて爆走中。
「今日も遅刻したらアイツにまたイヤミを言われる!」
アイツってのは幼馴染みのチェスター・ハーヴェッドのこと。いつもいつも私を見下して子供扱いするから、ホントに腹が立つ。
チェスターのことを考えながら走っていると、何かに衝突して転んでしまった。
「あいたたたたた」
「大丈夫ですか、美しきご令嬢──」
その声の主のほうを見ると、まさに白馬の王子様。どうやら白馬の足にぶつかってしまったらしい。
金髪碧眼の美丈夫で、頭には輝く宝冠。手には宝石のついた杖を持っている。
心配そうな顔をして私を見つめる彼に真っ赤になってドレスの汚れを払いながら立ち上がった。
「だだだだ、大丈夫です!」
「しかし膝から血が出ていましたが?」
「こ、こんなのツバつけとけば治ります!」
「まさかそんな訳には。これ誰かある。すぐに典医を呼べい」
「大丈夫です! 大丈夫です!」
照れすぎて思わず猛スピードで駆け出してしまった。
あ~ん。ビックリし過ぎてあんな高貴でステキなお方にいつもの調子で話してしまった。どうして素直になれなかったの?
猛スピードのお陰で、遅刻を免れた私だったが、先ほどのことを思い出して落ち込んだまま机に突っ伏していると、親友のカレンが話し掛けてきた。
「どーしたの? 間に合ったのに落ち込んでるじゃない」
「それがさぁ、かくかくしかじか」
私が朝の出来事を話すと、カレンは恋する乙女のような顔をしてため息をついた。
「へー。白馬の王子さまかぁ。憧れるわねぇ」
「そーなのよ。名前も聞かずに駆け出しちゃうなんて。私ったら超ドジっ娘」
と、女子トークにキャッキャウフフしていると、私の机に黒い影。見上げると青髪の高身長、筋肉質で整った顔立ちのくだんの幼馴染みチェスターが意地悪く笑っている。
「はっ。朝から夢みたいなこと言ってるなんて現実味のないやつ」
それを聞いて私は真っ赤になって怒った。
「なによ! チェスター。盗み聞きしないでよね!」
「だったら小声で話せよな。声がデカすぎるんだよ、お前の乳みてーに」
「な、な、なによ、このエッチぃ!」
「誰がエッチだよ。牛みてーな乳にエッチもコッチもねーだろ」
私たちがわいのわいの喧嘩をするのに、カレンは深くため息をついた。
「はいはい、夫婦喧嘩はよそでやってよね」
それに私たちは顔を赤くしてカレンに詰め寄る。
「「夫婦じゃない!」」
だがカレンはいつものことと、視線も合わせず冷たく答える。
「だーって婚約者同士でしょ、オフタリサン。いつも仲が良くて羨ましいこって」
「そ、そ、それは、親同士が勝手に決めたのよ。だーれがこんなヤツと! はぁ18歳になったらコイツに嫁ぐなんて、あり得ないわ。無理無理」
私はチェスターを指差して毒づくと、チェスターも言い返してきた。
「そ、そーだよ。俺だってこんなじゃじゃ馬の牛乳とはゴメンだね! 結婚したって愛することなんてねーよ!」
それを聞いて私の目からは一筋の涙が溢れてしまった。
「ほ、ほんとう……?」
「う、エレナ──」
焦ったチェスターの顔。すぐにチェスターは私に近づいて、指で私の涙を拭ったが、私はチェスターの手を振り払った。
「なによ! チェスターなんて! 私だって大嫌いよ!」
「お、おい、待てよ」
その時、先生が入ってきて、みんな席に着いた。私も涙を拭いて何もなかったように自分の席に座った。
すると朝礼が始まって、先生が話し始めたのだ。
「今日は新しい友だちを紹介するぞ。入りたまえ」
先生に呼ばれて入ってきたのは金髪碧眼の美丈夫で、頭には輝く宝冠。手には宝石のついた杖を持った、まさに朝出会った王子様だったのだ。
「隣国から語学留学に来ました、サミュエル・ルナフィールドです」
教室中がワッと沸く。私は王子様に釘付けだった。そこに先生が付け加える。
「ルナフィールドくんは、隣国の第三王子でね、語学留学とは表向きで、我が国には嫁探しだそうだ。特に女子は仲良くしてやってくれ」
王子様は照れて赤くなる。そこにクラスの女子の黄色い声援。
先生はそれを制して教室の中を見渡した。
「うーん、空いてるのは……、お、エレナ・ドラードの隣だな。ルナフィールドくん、あそこに座りたまえ」
と、私の隣を指さす。そこで王子様と私の目が合った。
「あれは今朝の白パンツ……」
王子様はそう言いかけて口を押さえる。私は真っ赤になってしまった。見られてた。あの時、ドレスがめくれていたのだわ。
王子様は私の横に座ると手を伸ばして握手を求めてきた。
「エレナという名だったんだね。私はサミュエル・ルナフィールド。今朝の傷は大丈夫かい?」
私はその手を握りながら答える。
「あ、あの……大丈夫です。サミュエル王子殿下」
「はは。私が王子だからと言って他人行儀はしなくてよいよ。同級生なんだからサムと呼んでくれたまえ」
「そ、そんな。不敬ですわ」
「まさか。ここは我が国ではないのだから、遠慮は不要だ。それにエレナのような美人とはもっと仲良くなりたいし。友だちになってくれたまえ」
美人と言われて、私の心は舞い上がった。しかもこの人は王子様。先生は嫁探しだと言っていた。それって、私にもチャンスがあるってこと?
その時、私の脳裏にチェスターの顔が浮かんだが、想像の中でそれを棒でかき回して消してしまった。いつも喧嘩ばかりだし、私を愛してくれないチェスターなんて……。
休憩時間になると、王子様は私の手を掴んで、校内の案内を頼んできた。多少強引だったが、悪い気はしない。さらにクラス女子の手前、優越感があった。
私は王子様に学校内を案内すると、王子様から質問があった。
「時にエレナ。キミに彼氏はいるかい?」
私は口ごもって赤くなってしまった。私の想像の中にチェスターがまたも入ってきて、豪快に笑って肩を組むものだから、またも棒でうち据えてやった。
「そ、そんないません」
すると、王子様は私の手を握ってきた。
「では婚約者は?」
またもや私の脳裏には、棒で殴られて傷だらけになったチェスターが、這いずりながら自身を指差して想像の中に現れてきたが、足で蹴飛ばして想像の中から追い出した。
「そ、そんな人はいません……」
王子様は、グイッと私に体を寄せてきた。私は壁に背中を付けて、王子様の顔を見上げていた。
「こんなことになるなんて初めてのことです。エレナ、私はあなたに一目惚れしました。どうか私の妃になってくださいませんか?」
それは、どんな女の子だってイチコロになるプロポーズだった。しかし、私の口から声が出てこない。「お受けします」の言葉が……。
そこに駆け足の音。私と王子様はそちらに顔を向けると、チェスターが息を切らせてやって来て、強引に私の前に立って王子様へと詰め寄った。
チェスターの背は高く、王子様を少し見下ろしていた。
「お戯れはお止めください、サミュエル王子殿下。彼女は将来の私の妻です」
それに私は真っ赤になった。チェスターの気持ちがわかって彼の制服の背中をそっと掴んだ。
しかし王子様は引き下がらない。
「キミは誰かね? 無礼であろう。エレナは恋人も婚約者もいないと言っておったぞ?」
言いました──。それはチェスターが、私にまったく気がないので、自暴自棄になっていたというか……。
だがチェスターもそれに言い返す。
「殿下、彼女はまだまだ子供です。婚約の意味を分かっていないのです」
それに私はカチンと来てしまい、背中を向けて至近距離にいるチェスターの太ももに膝蹴りをした。
「いて!」
「なによ! 誰が子どもですって?」
「オイオイ、それは今じゃなくてもいいだろ?」
「どっちが子どもよ! 訂正なさい!」
私たちがわいのわいの言い合っていると、王子様は笑ってかしわ手を打ち、私たちを止めた。そしてチェスターを指差す。
「キミ。その声、聞いたことがあるぞ。私が先生に連れられて教室の廊下にいた時、『結婚したって愛することはない』と宣言していたな。あれはエレナに向けてであろう!」
それにチェスターは怯んでしまった。そこに王子様の手が延びて私の肩を抱いて近くに引き寄せたのだ。
「こんなに美しくて可愛らしいエレナを愛することが出来ないなんて、キミは物知らずだな。私はエレナに正式に結婚を申し込むよ。キミになんて渡すものか!」
「なにをおっしゃいます! 私たちの婚約は我がハーヴェッド家とドラード家で取り決めた正式なもの。それを殿下が横取りしていいものではありません!」
「フン。そんな家の話はどうでもいい。君たちは愛し合ってなどいないのだろう?」
「それは……、それは──」
チェスターは下げた両腕の拳を固く握り締めたものの、私への気持ちは出てこない。
私は言いたい。本当はチェスターのこと……、でもチェスターはどうして何も言ってくれないの?
そこに王子様はニヤリと笑って高らかに宣言した。
「そうか、では私は愛するエレナをキミから奪うため、キミは家のために、リングの上で決着をつけようじゃないか!」
リングの上!? それは私を賭けて二人が争うということ? 私は王子様を止めた。
「いけません殿下! チェスターは拳闘を習っているんですよ!?」
「ふふん、優しいなエレナは。彼が拳闘を習っていようと私は決して負けはしない。キミのために」
そう言って、王子様は高笑いをして、セッティングを頼みに職員室へと向かった。
私はチェスターへと向かって言う。
「そんな、ダメよ! 闘うなんて! あなたの拳は凶器なのよ?」
それにチェスターは歯軋りをして答えた。
「じゃあお前が取られるのを黙って見てろってのかよ。お前のことは誰にも渡さない!」
私に電撃が走る。チェスターの気持ちが分かったからだ。しかし、チェスターは慌てて訂正した。
「か、勘違いすんなよ? 誰がお前なんかと。殿下がお前を嫁に貰ったら気の毒だと思っただけだ」
といつもの憎まれ口。私は頭にきて、近くにあったホウキを掴んで頭を殴り付けてやった。
「いたぁ!」
「なによ! チェスターのバカ! 人の気も知らないで!」
私はチェスターをそこに置いて駆け出した。
◇
ワーワーという大歓声。私は体育館の中央に設置されたリングの前にいた。リングの上には余裕げの王子様と、足を屈伸させているチェスター。
実況席の先生から、アナウンスが始まった。
「さぁエレナ・ドラード嬢を賭けて、隣国のサミュエル・ルナフィールド王子殿下と、我が国の伯爵令息チェスター・ハーヴェッドの試合ですが、ライディン先生はどう思います」
「うむ、我が国のチェスター・ハーヴェッドの拳闘技術はハイクラスで、野生の猪を一撃で葬ったほどの実力を持っている。それにくわえて、サミュエル王子殿下の情報は何もないから未知数である。どんな試合になるか楽しみではあるな」
そ、そうなのよね。チェスターの拳は荒ぶる猪を一撃で倒すほどの膂力。猪はその後、ハーヴェッド家とドラード家で美味しく頂きました。でも王子様はどうなのかしら? 自信ありげだったけど、心配だわ。
その時、ゴングの音が高らかに鳴る。チェスターはキュッキュと足音を鳴らして王子様に近づいたが、王子様は明らかにチェスターとは違う構えをしたので、観客のガヤたちがドッと笑いだした。
「なんやあの構えはーー!!」
「ばってんが殿下は素人ばい!」
「ヘイヘイ! そんな構えじゃ虫も倒せないぜー!」
確かに。あんな構え、見たことも聞いたこともないわ。それでチェスターの殺人パンチを避けてかつ、上手い具合に勝つことなんて出きるの? 王子様!
「むう。あの構えは──」
「む、知っているのですか。ライディン先生」
実況席からのアナウンスに沸き立っていた会場は一時、シンっと静まりかえり、ライディン先生の解説を待つ。
「左様。あれは立ち技最強と言われた“無援隊”の構え。もうすでに失われていたと聞いたが、隣国には伝えられていたのか……」
む、無援隊ですって──!?
◇
ここで説明せねばなるまい──!
昔、項羽が垓下の戦いで敗北した後、数万の敵に囲まれたものの項羽は数十の寡兵ながらも三度突撃して三度勝利した。その孤立無援の戦いを演じた拳法こそ“無援隊”である。しかしあまりにも危険なこの拳法は修行も苛烈を極め伝えるものがいなくなりやがて潰えたと記されている。(家紋書房『ワッと驚く世界の武芸』より)
◇
え!? そんな! そんなムエタ……いえ無援隊なんて聞いたこともないわ。でも先生の話だと立ち技最強! いくらチェスターが拳闘の実力が確かだとしても、所詮は拳だけ。蹴り技のあるムエタ……いえ無援隊に敵うわけが──。
私の予想は当たった。チェスターはまるで王子様のサンドバッグ状態。何度もダウンしてフラフラになりながらも立ち上がる。
ああ、チェスター。あなたはそんなになりながらもなぜ立ち上がるの?
そんなチェスターに王子様は苦笑する。
「オイオイ、そんな腫れた目で見えるのかい? もうギブアップしたほうがいい」
「へっ、そんなヒョロヒョロキックなんて痛くも痒くもありゃしねぇ」
「フ。そうかよ」
バシーン!
またもや王子様のハイキックがチェスターの横面にヒット。チェスターはあまりの衝撃にマウスピースを吐き出してしまったまま、ダウンした。
レフェリーのカウントが空しく体育館に響き渡る。
ああ、チェスター。もう無理よ。立たないで。私はもうあなたが打たれるところは見たくない。
すると、観客席のガヤたちが、チェスターに向けての声だった。
「バッキャロー! チェスター! お前の根性はそんなもんなのかよ!?」
「バッキャロー! いつまでマットに寝てやがるんだ!」
「ばってんがバッキャローたい!」
「バッキャロー!」
「バッキャロー!」
え? みんなどうしたっていうの? 観客席のカレンを含むガヤたちは泣きながら立ち上がってチェスターへと「バッキャロー」を唱えている?
「む、ライディン先生。なぜあんなに馬鹿にしているのでしょう?」
「そう言えば聞いたことがある」
「知っているのですか? ライディン先生」
「あれは、最大の友情のエール“幕閣労”。大事な幕閣の仲間を労うという意味だ。あの応援をされると血が沸き肉が踊り、通常の10倍の力を出すことができる」
「なに! そんなことができるのか?」
oh! ナイス解説。そう言う意味の声援だったのね、カレンすらも知ってる応援方法を実況の先生と私だけが知らないのはきっとたまたまその日の授業休んだからとかそう言うことかしらね?
ともあれ、レフェリーのカウントがナインの時、チェスターはクルリと回転して跳ね起きた。
「ウォー! 煮えたぎって来たぜェ!」
すごい、すごい! チェスターは幕閣労の力を得て立ち上がったわ!
でもチェスターはフラフラ。対する王子様も、疲れが出ているようだわ。
おそらく、互いの次の必殺技で全てが決まるわ!
チェスターと王子様は、間合いを取って、互いに牽制し合う。そして、チェスターは瞬きがあったのか自身の拳を突き出す。
それに合わせて王子様も──。
互いの拳はクロスして、前のめりになったところに、拳が横面を捉える──ッ!!
クロスカウンター!!
だがヒットしたのは王子様の拳。チェスターの拳は顔を逸れて空中にさ迷い、そのままの勢いで前に倒れた。
王子様は自身の陣へと帰り、ロープに寄りかかる。
私は完全に白目を剥いたチェスターへと叫んだ。
「チェスター! 大丈夫!? あなたに死なれたら私……。私、あなたを愛してるの!」
すると、チェスターのまぶたが小さく揺れて、片目を開けて私を見て涙を流した。
「俺も……、俺も、エレナを愛してる……」
私はもう声が出なかった。チェスターの愛の言葉を聞けた。それだけで満足だった。
「ゴメン、ゴメンな……。俺、勝負に勝てなかった……。勝ったら言おうって思ってた。ホントの、ホントの気持ちを……」
「もういいの。チェスター、もうしゃべらないで!」
「エレナ、誰よりもキミを愛してるんだ、誰にも、誰にも渡したく──」
しかしそこに、王子様が近づいて来て、チェスターの背中に股がった。
「チェスター。やっと素直になれたようだがもう遅い。エレナは私のものだ。私の婚約者に愛をささやくのは止めて貰おう」
私はチェスターに手を伸ばす。チェスターもグローブをはめたままで私に手を──。
私たちの手はリングの上で触れ合った。
その時だった。突然、体育館の全ての扉が一斉に開く。そこには沢山の甲冑を身に纏った兵士たちが槍を構えて立っている。
「見つけたぞ。サミュエル王子だ」
その声に王子様は真っ青になった。
「や、ヤバぁ! ジュリアーナ・ベルガモードだ」
そう叫ぶと、花嫁が着る純白のドレスとブーケを着けたプロポーションのよい女性が駆けて来た。
「サム! 私のサム! さあ、結婚式をしましょう!」
そういうジュリアーナの顔は、ガマガエルそのもので、手にはブーケを持っている。王子様は焦ってチェスターに言い放った。
「チェスター! この勝負なしだ! さらば!」
そう言うと王子様のブーツの底はジェット噴射して、天井のほうに。彼はそこにあったロープを掴むと、滑車がついているのかロープは滑って窓ガラスのほうに。そこには兵士が配置されていなかった。
王子様は窓を蹴破って、そのまま遁走。ガマガエル顔のジュリアーナは部下の兵士たちを叱責した。
「もうなにやってるのよ! さっさと追うのよ!」
「は、はい! さあ皆の者! サミュエル王子を追え!」
そんなやりとりの後、その部隊はキレイサッパリいなくなってしまい、我々学校のみんなはポカーンとしていた。
「そう言えば聞いたことがある」
「な、なにをですか? ライディン先生」
いつの間にか私の隣にいたライディン先生に私は尋ねた。
「地獄の女帝ジュリアーナ・ベルガモードがお忍びで地上にやってきた時、一人の若者と契りを結んだ。しかし、ジュリアーナは絶世の美女なれど、太陽の下ではヒキガエルの姿になってしまう。契りを結んだ若者は不老不死の能力を得たが、ジュリアーナの姿を嫌って逃げ続けている。それがまさかサミュエル王子だったとは……」
うーん、説明が長いわ。まったく頭に入らない。「それは別のお話」で区切れる話ね。つまり王子様は他に女がいて私を諦めて逃げてしまった、てことは……。
私はリングに座るチェスターに視線を落とすと、チェスターは私と目を合わさずに頬を掻いていた。
「チェスター、さっきの話、ホントよね?」
「あー、それは、えーとだな」
「ねぇ、ちゃんと言ってよ」
するとチェスターは小さな声でボソッと言う。
「あ、愛してるよ……」
当然聞こえたが、今までが今までだったので、私はもう一度聞いた。
「え? 小さくて聞こえなかった。なんて言ったの?」
「だからぁ! ……愛してる」
後半が小さい。でもあのチェスターが、愛の言葉をささやくなんて。
「ああん。ちっちゃくて聞こえないわよ、チェスター。もう一度お願い」
「だからあ!」
しかし、チェスターもここが体育館のリングの上で観客たちが興味津々に私たちの会話に聞き入っていることにようやく気付いたようだった。
彼は照れながら立ち上がる。
「ああ、やっぱり、さっきのウソ、ウソ。あれ、無し!」
そう言って、チェスターは恥ずかしそうに立ち去ろうとする。私はドレスの裾を取って、それを追いかけた。
「やーだ。もう聞いちゃったもんね。チェスター君は私を愛してるんでしょ? ねぇ。互いに18歳になったら結婚するんだもんね~」
「うー! もう、着いてくるなよな!」
「ん、もう、照れちゃって。かーわいい」
「や、止めろ!」
私たちは駆けながら体育館を出る。観客席の親友カレンは、やれやれというゼスチャーをした。
了