ウサギの卵
ある石にまつわる物語
「いや、今年は幾つものお店から売れるものを何かとか聞かれてさ占いで分かるわけないだろうとか心の中でツッコミつつも明るくとろみを感じさせる黄色とかいいんじゃないですかねーとか爽やかソフトな緑色の物とかどうですかねーとか、打って変わって彼氏が浮気してるっぽいけどどうしたらいいか分からないって三人の女性に聞かれたからやんわりと同じ場所に集まるようにしたりしてね、春らしくピンクとホワイトで彩られたスイーツとかいいんじゃないですかねぇとかあったりついでに毎年恒例の神出鬼没なスイーツカーの移動ルートの相談もされたりしてね――」
女が段々と日差しが強くなっていく中、時代錯誤なフード付きローブを着てフードを深く被っている姿で、相打ちを返すことも出来ない勢いでしゃべる。
「って聞いているのか? 君は」
「聞いているよ、つかいくら暇でもしゃべりすぎだろ」
「はははは、君がいるから、暇なんだろう!」
言われた理由がわからず周囲を見渡す。
ちょっと寂れたアーケードにあるちょっとしたスペースに机を一つ挟んで座っている。
人通りは疎らだが、少し離れた大通りからは活気の声が聞こえる。むしろ抜け道として使われていて普段より歩いている人が多いんじゃないだろうか
「客がこないのは俺のせいじゃないだろ」
「君のせいだよ! ボクはこれでもここら辺一体じゃ一番評判が良い占い師なんだよ。多少のピークが過ぎたとはいえ、人が一人もこないなんて通常日でもありえないんだよ」
「いや現に……」
「はぁ、占いに来る人は基本的には悩み相談に来ているの、分かる? 相談相手に以外に悩みを聞かれたくないっていう考え、ただでさえ、常連と話されていると近づき難いっていうのに、君みたいに無駄にガタイが良い男性がずっと居座っていれば、誰も近づいてこないなんて明白だろう?」
「確かにそうだな。じゃあ、とりあえずどっか行くわ、仕事の邪魔して悪かったな」
これから何をするか考えながら立ち上がる。
「ほう、悪いと思うんだ。それならボクの頼みを聞いてくれないだろうか?」
「明日なんか差し入れでも持ってくるわ」
一方的に告げて逃げようとしたが、服の裾をガシッとつかまれる。
「頼みを聞いてくれないだろうか?」
「……分かったよ」
「それに、ボクの頼みを聞いてくれれば良い出会いがあるって占いで出てる」
「ほう」
占い師は呆れた様にため息をつく。
「まあいいけど。頼みごとはあるパワーストーンを探してきて欲しいんだ」
「パワーストーン、そういうの興味あったのか」
「仕事柄あるに決まっているだろう」
「そりゃそうか。どんな石なんだ? 画像とかあるか」
「画像は後で送る。見た目は白い卵なんだけど、光を当てると極彩色というのかな、オパールのように輝く」
「それはオパールじゃないのか」
「いいや違う、オパールのように輝くと言ったけど、輝き方にちょっと特徴があって、鱗のような模様になるんだ。通称ウサギの卵」
「兎は卵産まねーだろ」
「知ってるよ。名前を付けた奴に言ってくれ」
「へいへい、で他に情報は無いのか? 何か当てがあるから探してきて欲しいんだろ?」
「んー、無いかなー」
絶対嘘だな。
「ま、暇なんだ、なんとなく彷徨うより有意義だろう」
「まあ、そうだけどな。せめてこの町にあるかどうかは教えろ」
「それは大丈夫、なはず」
「はずって……」
「ああでも、鶏の看板の時計屋があるだろう産地じゃないけど彼の国に由来が有るらしいしパワーストーンも売っていたはずだから行ってみるといい。あと近くでミネラルマルシェが開催されているらしいからそっちも見に行くといい」
「ミネナルマルシェ?」
「パワーストーンとか宝石や鉱石なんかを売るマーケットかな」
「そんなのがあるのか」
「というわけだから、行ってきなー」
「おう」
適当に手を振ってその場を離れた。
「ミネラルマルシェ……開催場所……っと」
時計屋への道すがら調べて、とあるビルの会議場を使って開催しているのを確認する。
「おっと」
時計屋を通り過ぎようとしていたのに気付いて、立ち止まる。
鶏冠が立派な黒い鶏が彫られた看板が吊るされた店の前に立ち止まる。
店の名前はどこの国の単語か分からないので読めない。聞いたはなしだと店主はスイスとかスウェーデンとか、確かそっち方面の人だと聞いたことがあったが、店の名前もそっちの読み方なんだろう。
チャリン、と鈴を鳴らせながらドアを開けて中に入る。
広い店ではないのから、パワーストーンを扱っている一角を見つけて一直線に向かい、一通り見てみるがメジャーな石がある程度だった。
「何カオ探シデスカ?」
ビクッとしながらも咄嗟に振り返ると店主さんが後ろにいた。
「えっと、あー……、知り合いがあるパワーストーンを探していてー……」
「ドウイウ石ヲ探シテイルンダイ? ココニ置イテイナイ石デモ物ニヨッテハ取り寄せが出来ルヨ」
「いいんですか?」
「日本人ハ、フルオーダーノ時計ハ敷居ガ高過ギルラシクテネ、メーカー時計ノ修理依頼ヲスル時グライシカ、客ガ来ナインダ。マサニ閑古ノ鳥サ。ハハハハ……ハァ」
ああ、鶏なだけに。
「通称がウサギの卵っていうパワーストーンなんですけど」
彼は目をクワァと見開いた。
もしかして知っているのかと期待するが。
「兎ハ卵ヲ産まない」
そんなこと百も承知だよと言い返したがったが、抑える。
「冗談ハソレダケニシテ、聞イタコト無イナ」
「知人も凄いマイナーと言ってましたから」
「ソウナンダ、、ソンナ珍シ石ナラ、コノ町ニハ無インジャナイカイ」
「かも知れないですけど、あいつはある筈だと。まあ俺は暇なんで暇つぶしに信じてさがしてみようかなと」
「ナルホドネ。トリアエズ気ニ掛ケテオクヨ」
「じゃ、そういうことで」
俺は店を後にした。
次にミネラルマルシェの場所に向かう。
「えーっと、このビルの三階か」
そこは想像していたよりも広い部屋を使っていて、壁に沿って並べた長机に出品者達が上に様々な石を見栄え良く並べていた。
一通り見て周る。
「さてと、『ウサギの卵』について誰かに、聞ければ――」
何故か独り言のウサギの卵の部分で声が重なった。
声がした方を見ると、清楚系の同じ年頃の少女がいた。
お互いに眼が合って数秒見詰め合ってしまったが、固まっている場合じゃないなと口をあけかけたが。
「ウサギの卵のことを知っているんですか?」
先を越された。
「あー、知っているというかなんというか、とりあえずここに突っ立って話すより、邪魔にならない所に場所を変えない?」
「え、あ、そうですね。二階に飲食店があったはずなのでそこで話しましょう」
それに同意して移動した。
お互いにコーヒーを注文して、彼女から話を切り出される。
「えっと、自己紹介から始めましょう。私は相澤 卯月です」
「俺は伊藤 武志」
「よろしくお願いします。それでですね、ウサギの卵のことなんですが」
「ああ、情報交換といきたいんだけど、その前に言っておくけど俺は探し始めたてで、ぶっちゃけて名前と多少の外見しか知らない」
「ああ、そうなんですか。探している理由をお聞きしても?」
「端的に言うと暇つぶし。ただ、探してきて欲しいと頼まれはした」
「そうなんですね。その方はウサギの卵を手に入れたらどうするか聞いていますか?」
「いや欲しいとしかきいてないな」
「予想付きます?」
「予想ねぇ、パワーストーンで出来ることとか眺めるぐらいじゃないか? ただまぁ、気に入らなかったり飽きたりしたら売ったりしそうではあるな、あいつ結構がめついから」
「なるほどなるほど」
「それで相澤さんはどういうわけで聞いたんだ?」
「信用できる人か知りたくて」
「それはどういう……」
「貴方が探しているウサギの卵、それがこれです」
相澤さんは鞄から、卵のようなものを取り出して机に置いた。
「は?」
「探しているものが突然目の前に置かれたら驚きますよね」
「あ、ああ。相澤さんはこれを探している者同士のかと思ったけど、違ったのか」
「本題に入る前にこちらの事情をお話しますね。私はこう見えて多少は名の知れた会社の娘でして」
なんか礼儀正しいし品があってお嬢様っぽいとは思っていたが、マジで社長令嬢かよ。
「それでですね。去年に私の祖父が亡くなったんですが。今の会社の規模にしたのは祖父の才覚のおかげなんですが、祖父は神頼みというか験を担ぐというか、はっきり申しますと開運グッズを集めるのが趣味でして」
まあ、そういうのを大事にしている企業のトップがいるというのは聞かないことはないな。
「コレクションの数は数万ぐらいはありまして」
「数万?!」
「驚きますよね。私は受継ぎはしませんでしたが、管理を願い出ました」
「そりゃまたどうして?」
「動画ネタに良いかなっと、有名ではないですがチューバーとして細々と活動しています」
なんというか現代らしい活用のしかただな。
「それで、要望があれば、譲ったり売ったりと」
「祖父の形見だよな!」
「物がモノですがら、私達には価値が無くても他の人にはっていうはありますから」
いやまあそれはそうだが。
「流石に勝手に売ったりなどしていませんよ。私にはその裁量はないですから、現所有者の父に確認してからにしています。それでここからが本題なんですが、少し前にウサギの卵を動画で紹介したんです。その時はまだ白い綺麗な石程度の認識で、名前さえしりませんでした。ですがSNSの方にDMが来て、それはウサギの卵と言って何か理由が無い限りはすぐに手放したほうが良いという内容だったんです」
「すぐに手放したほうがいい?」
「内容を読んでどういうことかと考えていると、また別の方ですがDMが来ました。その内容は数百万で購入したいというものでした」
「すうひゃく……」
「あまりの金額だったので、その人を調べてみると厄介な人でして、適当に他に譲る人が出来たからと断りました」
「犯罪者でもなければ売ればよかったのに、なんで売らなかったんだ?」
「勘ですね、もし売ればこれがひどいことになるという勘です」
女の勘かぁ、あいつを知っているだけに否定できないな。
「でも、いまだに取引を持ち替えてくるんです。本当は誰にも譲っていないというのが分かっているかのように」
「それは警察に行った方がいいんじゃないか?」
「逆恨みが怖くて」
「確かにな」
「なので嘘を真実にしてしまおうかと、とりあえず良さそうな人を探していたんですが、思いも寄らぬところからウサギの卵を知っている人が」
「まさか、さっきの質問は」
「はい、貴方の知り合いに譲ろうかと」
理由が理由でなければ願ったり叶ったりなのだが。
そんな俺の視線に気付いたのか相澤さんが慌てる。
「あ、貴方のお知り合いに無理矢理押し付けるとかじゃないですよ。貴方の許可を頂けるなら交渉させていただけたらと考えています」
「……一つ確認させてもらいたいんだけど、どうしてこの町に?」
「今日ここでミネラルマルシェが開催してたからですね」
分からなくは無い理由だな。
「それがですね。私に警告してくれたDMの人が占い師でして」
ん?
「こちらからDMを送っても無視されるので、占いアカウントだったので占い料を送って占いをしてもらうという形で相談して、ラッキーディは今日でラッキー場所がミネラルマルシェだと出ましたので」
いやまあ、実言うとそんな気は薄っすらあったんだ。
やっぱり、あいつの仕込みじゃねーか!
「ああ、うん、分かった会わせるよ」
「すいません」
その時、通知音がして相澤さんが画面を見て固まった。
「どうしたんだ?」
「いやはや、そんなに驚かれると悲しいものですなぁ。いきなり声を掛けるのもどうかとDMを送ったのですが」
横から知らない男性の声が聞こえて振り向く。
恰幅のいい身なりを整えた初老の男性がいた。
「松本さん、どうしてここが……」
相澤さんの声が心なしか震えているような気がする。
こいつがウサギの卵を何度も買い取ろうとしている奴か。
「まさか、つけてきたんですか?」
「何をおっしゃるやら、顔をさらして動画を投稿しているならこういうことがあるのも承知のうえでしょう」
「それは否定しませんが、ですが松本さんのお住いは新幹線でも数時間は掛かる場所のはず、いくらゴールデンウィークで旅行シーズンだとしても偶然出会うには」
「ははは、そんなことはどうでもいいじゃありませんか。それよりはDMのやり取りであの石がは別の方にお譲りしたと聞いていましたが?」
「松本さんには関係の無いことです」
相澤さんが立ち上がって行こうとすると、何人かの男達がテーブルを取り囲んだ。
「ままそう急がずにゆっくりと話し合いましょうじゃないですか。あ、君は席をはずしてくれないかな」
貼り付けたような笑顔を向けて行ってくる。
俺は相澤さんに視線を向けると、一瞬助けを求めるような目で見てきたが、すぐに笑みに帰る。
「すいません、先程の話は無かったことにしてくれませんか?」
言われて何か言いそうになって全てを飲み込んで止める。
「わかった」
伝票を持って立ち上がる。
「席を外してもらうお礼だ、ここの支払いはわたしが持とう」
「そりゃどーも。店員さーん」
近くにいた店員に声を掛ける。
「どうしました?」
「いや、この紳士が俺たちに奢ってくれるっていうんだ、だからこの人の伝票につけて」
店員がおっさんに確認するように見ると、おっさんは少しイラついたよう頷いた。
店員に伝票を渡そうとして、不意に横を向いた。
「あっ」
男達は俺が向けた方向へ視線をずらした。
その隙を突いて俺は相澤さんの手を取って走り出した。
相澤さんは驚いていたが、すぐに俺の意図に気付いて走り出した。
男達は追おうとするが、お勘定という声が聞こえてきたので予想通り店員に阻まれているはずだ。
とりあえず人混みに紛れてその場から離れる為に歩く。
「あの、どうして?」
「まぁ理由はいくつかあるが、こうすることがあいつが俺を差し向けた理由だからだろうからだな」
「あいつ? 知り合いさんこのとですか」
「そうだ」
「えっと、知り合いさんってどういう人なんですか?」
「実は感づいているだろ。俺の知り合いとDMの占い師が同じ人物だって」
相澤さんは気まずそうに頷いた。
「安心してくれ。さっきの怪しいおっさん程怪しい奴じゃない」
「怪しいんですね」
「言いたいことが分かるが、そう言ったら俺も怪しいだろ。それに目的の物を手に入れようとすればいつでも手に入れることが出来たんだ、こんな回りくどいことしなくてもな」
「そうですね」
「それよりも、あのおっさんはなんだ?」
「はい、先程はあえて言わなかったんですが、巻き込んでしまったので言っておきますね。ある新興宗教の教主です」
聞かなきゃよかった。
俺の手に余る。とりあえず警察に連れて行こう、あとは頼れそうな何人かに連絡を送ってっと。
「とりあえず警察に行く。人海戦術でこられたらヤバイがこっちには地元だ。抜け道とか知っているから、信じて付いてきてくれ」
「……分かりました」
相澤さんは力強く頷いた。
「さてと、問題は何人いるかだな。店にいた連中しかいないのか、それともまだいるのか。なんか目印でもあればな。何か知らないか?」
「そうですね、私の知っていることといえば、もとは遠くの地方村に伝わる伝説が元になった宗教で、伝わっている古文書にウサギの卵と同じ外見的特徴の神物が記されたいたのが今回の発端です」
「よくそんなこと分かったな」
「いえ、あの方のSNSやホームページに普通に書いていましたから。それなのに隠そうとしてくるので、怪しさ満載で」
「……ったく」
どうしたものかと周囲を見渡していると見ていると、薄い色合いのイエローのつば広のハットが目に付いた。
「すいませんコレください」
「まいど、この色はマーガリンイエローって言って今年の春夏の流行色カラーだよ、いいでしょ」
「そうだな、それとその緑色のストールもくれ」
「それも今回春夏の流行色としてピスタチオグリーンと呼ばれる優しくソフトで爽やかな色で、そちらもよくお似合いです」
「今から使うからそのままくれ」
値札が取られたものを相澤さんに渡す。
「あ、あのこれ」
「ちょっとした変装だ」
「わ、わかりました。あの後でお金払いますね」
「安物だから気にしなくてもいいけど、そうだなそうしてくれ」
ちょうど被った瞬間に数人の男達が目の前を走り去る。
「あいつらどこに行ったんだ」
おっさんも含めて七人か、もうちょっといるかもしれないが、とりあえず七人の特徴は覚えた。
頭の中でルートを考えて相澤さんの手を掴んで男達とは反対方向へ歩き出す。
しばらくすると、少しヒステリック気味な女性の声がした。
見てみると男性一人と女性三人が修羅場っていた。
引き気味で見ていると、その奥におっさんの部下がいた。
「相澤さん」
声を掛けてて親指で指し示す。
相澤さんはすぐに察して同時に後ろを向いて歩き出す。
こっちのルートは使えないな。
とりあえず、隠れる様に色々な店舗に入りながら徐々に進む。
移動していると三つの方向から部下がこちらに近づいてきていた。
「ど、どうしますか?」
「どうにか誤魔化して強引に行くしか……」
思案していると、最後尾と書かれてた板を持っている人がいた。
よく見てみると長蛇の列が出来ていて、その席にスイーツの移動販売車があった。
「すいません、並びます」
最後尾と書かれた板を受け取って顔を隠すように持つ。
三方から来た部下達は合流して俺達の目の前を通り過ぎて行った。
「やり過ごせましたね」
「ああ……」
ずっと移動続きだったので休むことになって、桃と白桃のスイーツを買って休憩した。
あれから、ニアピンしそうになったりしながら、逃げ続けていたが段々と移動範囲を狭まれて、行く方向も誘導されてしまった。
アスレチックや遊具、機関車が展示してある公園広場に辿り着いた。
この時間ならまだ人がいると思ったのだが、人気が無い。
「い、伊藤さん」
「すまない、だが安心してくれ相澤さんには指一本もふれさせないから」
「いえ、もう卵のことは諦めます」
「俺のせいですまないな。ほらあそこに隠れてくれ」
柵で近づけなくされている機関車を指差した。
相澤さんは躊躇ったが頷き、俺にウサギの卵を差し出した。
「お任せします」
受け取り隠れさせたと同時に広場を囲む木々から物音がした。
「やっと追いつけましたよ」
おっさんが木の影から出てくる。
「そりゃご苦労さん、それにしてもこんな石に何をそんなに必死になっているか分からないな」
「価値がわからないなら、さっさとわたし達に寄越しなさい」
「分かった、これをアンタに渡す。だから俺達を見逃してくれ」
「まあいいでしょう」
俺は立っているその場にウサギの卵をゆっくりと置いて離れた。
おっさんは卵に近づいて拾い上げる。
「これがあの伝説の……、素晴らしい」
うっとりと眺める。
「ようやく手に入れられました。貴方たちその少年を指導なさい」
「はあ? 約束と違うじゃないか!」
「石に関してはね。あなたの無駄な行いでわたしを疲れさせて無駄な時間を使わせた。それは罪だ、だからそれを指導する」
周りを囲まれる。
「始めなさい」
ボコボコに殴る蹴るを受ける。
避けられないと判断した俺は、無理やり体勢を後ろに向けて蹴りを腕に受けて、そのまま倒れこんだ。
相澤さんの悲鳴が聞こえる。
万事休すかと目をつぶった時、打撃音と男の空気を吐き出させられたような音が聞こえた。
目を開けて確かめてみると、そこには黒い騎士―― いや黒いライダースーツのような物を着た人間がいた。
「なんだ貴様は!」
おっさんがそう叫んでいる瞬く間に黒装はおっさんの部下を沈めた。
「ひぃ、ひぃぃぃぃぃ!」
悲鳴を上げて逃げだそうとするおっさんの背後に素早く回りこんで、黒装は後ろ首と叩くとおっさんは気を失って前のめりに倒れた。
「漫画とか以外で出来る奴とか本当にいたのかよ」
黒装は気を失ったことで重くなったおっさんを面倒臭そうに仰向けにして服の懐に手を入れようとしたとき、入り口から複数の足音が響いた。
「手下?!」
「警察です!」
「ゲッ!」
俺は叫び、同時に黒装の人は信じられないほどのスピードで逃げていった。
「何がゲッですか、駆けつけなかったらどうなっていたか分かっているんですか?」
「いやまあ、そうだけど、つーか間に合って無くない?」
「たしかに文句もあるのは分かりますけどね、それは占い師に言ってください」
「はあ、あいつの小細工か」
「そういうことです」
「はあ、もう疲れた」
俺はその場で気を失って病院に運ばれた。
「昨日は大変だったそうじゃないか」
「お前な……」
そうなると分かっていたくせにいけしゃあしゃあと。
「なんだい? いくら手を回していたといっても君と彼女が出会ったのは偶然だろ? それともまさか占いで分かっていたとか言わないだろうね」
「お前のは予言じゃねーか」
「いやいや、君と知り合う前ならともかく、元々条件しだではあったけど今じゃ的中率が九十パーセント程度じゃね、占いとそう代わらないさ」
いやその的中率だと予言だろう。
「何せ、ボクの予言が当たっていたなら今頃君は病院のベッドの上だよ?」
ほんとこいつは毎回ついでに俺の命を脅かそうとしやがる。
「怒らないのかい?」
「あれが最善だったんだろじゃあ文句は山ほどあるが許してやるよ」
「お優しいことで」
「そういえば、治療を受けている時に相澤さんが会いにきてくれたんだが、ウサギの卵を譲られたそうじゃないか」
「譲られたとはちょっと違うけど、見たいのかい? 悪いけどもう売ったよ」
「はぁ?!」
俺の驚く顔を見て、こいつはニヨニヨと笑う。
「驚くこと? ボクがそういう人間だと分かっているだろう。ボクが持っているより適切な人が近くにいたからね、それならさっさと手放すことに限る」
「そいうもんか。それで結局ウサギの卵ってなんだったんだよ」
「君が知るとことではないさ。それよりもいつもの奴を頼むよ」
いそいそとお茶の用意を始める。
並べられたティーカップに注がれる俺でも分かるほどの高級な紅茶の良い匂いが辺りに漂う。
こいつは予言に巻き込んだ時には、巻き込まれた時の俺の感想を聞くことを楽しむ嫌な趣味を持っている。
「さぁ早くはやく」
「へいへい」
うらばなし
夜の帳も落ち連休の始まりだからか賑わっている大通りや飲み屋街とは打って変わって、閉店している小さな店舗が立ち並ぶ道を歩いている。
あるお店の前で立ち止まる。
シャッターが下ろされているが、気にせず店舗の裏に回れる隙間道を歩く。
そこにはライダースーツのような継ぎ目のない服を着た外国人さんがいた。
「すいませーん」
外国人さんは手を腰に回しながら振り向きつつバックステップという器用なことをしながらボクと距離をとった。
ボクを観察した後、すぐに構えをといた。
「……何ノ用カナ? 今日ハ色々ト無駄骨ナ事ガアッテネ、モウオ店ヲ閉メテイルンダケド」
「ちょっと買い取って貰いたい物があるんですけど」
「オレノ店ハ、時計屋ダヨ。他ヲアタッテクレナイカナ?」
「そうなんですか? ここで買い取ってもらえると思ったけど。しょうがない他の心辺りもあるし、そっちを当たるかぁ」
「ソウシタ方ガ、イイヨ」
「はい、すいませんでした。でもここで買い取ってもらえると思ったのにな、なんせさっきへんな格好をして奪い合っていたのに、実はいらなかったのかな、ウサギの卵」
これみよがしに手に持って見せ付けながら、去ろうとする。
「Warten!」
「ドイツ語もしくはスイスドイツ語だったかしりませんけど、分かりませんので日本語で言ってもらえます?」
「待ッテクレ、ヤッパリソレヲ買イ取ロウ」
「言い値で?」
「アア」
「じゃあ、六十五万ユーロで」
外国人さんは噴出した。
「フッかけたつもりはありませんけど、懐具合には限界があるか。いくら出せそう?」
「一千万円デドウダ?」
「価値が分かってないみたい、あっちの似非宗教のほうがわかってそう」
「ソウ言う君ハ、分カッテイルノカ」
「ふぅ、師匠に聞いていたより程度が低いですね。ヨーロッパに幾つかある神秘を追い求める機関の一つ、看板から見て確か黒の雄鶏旅団でしたか」
「下っ端ナモノデネ。オレ動かせるカ金ハ少ナイ」
「なるほど下っ端ねぇ? これの価値ね、それはウサギの卵とは何か分かっているのかということ。ウサギの卵―― 正確にはウサギ座の卵。昔ウサギ座の領域にある星々は雄鶏と呼ばれていたそうで、そしてある民間伝承では黒い雄鶏に関するものがあるわね。アナタの組織の名前の由来はここからきてるんでしょう? 下っ端と言うのも、旅団の中でのという意味じゃなくて下部組織とかの意味でしょ。なにせこの伝承では七歳になる漆黒の雄鶏が卵を生むんだけど、卵から孵るのは――」
「Dame」
「はいはい」
「侮ッテイタコトヲ謝罪シヨウ。ソノウエデ、四千万円デドウダロウカ?」
「七千万」
「五千万円」
「ボクが情報提供したことで今回のことが分かったんだから、もうちょっと色をつけてもらいましょうか」
「ヤハリ彼ハ、君ノ使いダッタノカ」
「まあね、と言ってもこちら側の人間じゃないから」
「ソノ割リニ巻キ込ンデイルヨウダガ」
「ボクは良いんだよ」
「……分カッタ、六千万円デドウダ?」
「プラス税金も」
「了承しよう」
「じゃあ、これがボクの口座番号ね、確認できたら宅配便で送るから、バイバイ」
こんな世界に関わっている人間には必要以上に近づかないことに限る、ボクは逃げるように立ち去った。
周りの未来を視て安全なのを確認して一息つく。
「さて、口座にお金が振り込まれたら4千万は彼女の取り分で二千万はボクの取り分っと」
それにしても彼に捜索を依頼したその日の内に誰かに売ったと知ったら彼はどんな顔を見せてくれるかしら、明日が楽しみでしょうがない。
彼が病院に運ばれた後にボクは彼女に接触して、卵について取り決めをした。
そして今に至る。
とにかく後始末も終った、お金が目的なんじゃないかって? 実は金が目的ではない、今回ボクは本当に彼に出会いを斡旋してあげただけだ。
ボクが視た未来は数週間は入院してしまう程の大怪我で、護られた彼女はそれで堕ちてしまい、ラブコメよろしく彼の学校に転校までしてきてしまうはずだった。
ボクが選んだ未来通りに進んだ場合、一生涯サポートをする気だったが、そうはならなかった。
何故そうならなかったのは分からない、理由も理屈も無く、強い意志で勝ちとったというものでもない、ただ彼はボクが視たものを変えてしまえるというだけ。
それはボクのアイデンティティを崩すことだ、恐ろしいことだ。恐ろしいことだが未知がそこにある、それは未来が見えるボクにとって素晴らしいことだ、それをくれる彼はなんと愛しいことだろうか。
ボクの元から離れる未来の否定、それは彼がボクの物と言う証明だ。
これからも何度も証明を行い、未来を否定され続ける限りいつまでも彼がボクの物だという未来を確定し続けて欲しい。
ええ、間に合いませんでした