神罰
絶望し、今まさに朽ち果てようとしている巫女を見つめる眼。
遠い遠い月宮から、巫女を見つめる月姫様の瞳は、凍つく程に冷えている。
「ほぉう? 朽ちて尚、男を求めると言うか?
己が捨て置いた小さきものへの詫びも無く?
己が仕えるべき主を思い出す事も無く?
只々、あの男が欲しいと…。
謝罪の言葉を口にせず、懺悔の気持ちを塵ほども持たず、
魂のある限り、男を求めると。
ならば、魂が朽ち果てる迄、男を追い続けるがいい。
これより三百年、幾度生まれ変わろうと、幾度巡り合おうと、
決して男はお前には振り向かぬ。
小さきものを捨て置かれた我が怒り、受けるがいい!」
月の姫様は、小さきもの即ち神獣の子供らをたいそう愛でておられた。
ある時、いつもは元気に駆け回っている子供らが、お腹が空いたと泣きついてきたのである。
「巫女は何をしている?」
「姫様達と下界に行った時、男に一目惚れしてあっちへ行った。
姫様達は帰って来たけど、巫女は戻って来なかったよ。お腹空いたー。」
「お の れ、馬鹿巫女ぉおおおおーーーー!!!」
月姫様は自分のご飯がないのは許せても、神獣達のご飯が無いのは許せなかった。
だって、神は食べなくても平気だし。何なら自分で調達出来るし。
だけど、可愛い小さき神獣の子供達は、誰かが食べさせないと飢えてしまう。
小さき瞳が飢えで泣くなんて絶対にあり得ない事で!言語道断で!
そりゃあもう神殿の柱がビキビキと震える程に、お怒りだった。
巫女は、知らないままに神罰を受けた。
三百年。
幾ら恋うとも、何度巡り合おうとも、男は決して自分を見ない。
今度こそ…次こそは…
そこに美しかった巫女はいない。
只々狂おしく男を求める鬼 修羅の女がいた。
時は流れても、女の願いは叶わない
京都の四つ辻、道端に転がる骸を見つめる僧侶がいた。
「この者は、心が修羅のまま朽ちてしまった。
だが、今の私には、この者を救う力は無い。
修羅の女よ。
私が力を付けた時、お前を修羅から救おう。」
「そういう事か」
老婆は、修羅と化した巫女。
夫は、三百年追われ続けた男。
浄化師は、あの時の僧侶。
今世 三百年の呪縛が終わった後、巫女は男を手に入れた。
傍目には、金婚式を迎えた仲良き夫婦として。
が、魂の姿は違った。
男の身体には、長く長く伸びた鬼女の髪が、蜘蛛の糸の如く巻きついている。
身動き一つ出来ず、離してくれ泣き叫ぶ男。
男を抱きしめ、絡め、うっそりと嗤う女。
ならば、この糸、叩っ斬る!!
全力で、男の魂を浄化する。
男に食い込む女の情念なぞ、消 え ろ!!
男の身体全体が光で包まれた時、黒い邪気は霧散した。
「やったーー!!!
お願いです。このまま、私を上がらせてください!
もう生まれ変わりたく無い!嫌だ嫌だ!
あの女に見つからない様に!逃げたい!!逃してください!!
私を隠して!!」
浄化師は、男の懇願を受けた。
「……許さぬ……!」
勝手に惚れられて、300年追われるなんて、地獄だよね。