令和の口裂け女は奴隷の微笑を浮かべる

東北のある地方都市。千葉大学医学部１年生の下村歩佳（しもむらあゆか）は夏休みに帰省をし、会田（あいだ）病院に向かっていた。院長の会田あいに会うために。
会田病院はどこにでもある町医者で、あいの義理の祖父がはじめた。三代目の院長を継いだあいの夫は３年前に亡くなり、今は未亡人のあいが院長をしている。
下村歩佳は東京で生まれた。父がこの街に転勤になり単身赴任をしていた。小学五年生の時に歩佳の希望で、父のいるこの土地へ母とともに移った。
転校して早々具合が悪くなった歩佳は、会田病院で診察を受け、「低気圧の影響」とあいに告げられた。歩佳は女医のあいに憧れ、医学部を目指し、この春無事に合格をした。千葉への引っ越し前は慌ただしく、コロナもあり、あいにお礼を言う機会を逸していた。
つい最近、あいが市の広報誌に紹介されていた。記事によれば、あいは一度大学を卒業し、都内で就職をしてから地元の国立大学の医学部を受験し、医者になったとあった。

歩佳の訪問を受けた後、あいは喉の奥が苦くなるような不快さを感じた。
私は誰かの手本になるような人間じゃない…、そう思いながらあいは来し方を振り返る。
東京で働いていた頃のあいは、生活費が足りず、夜は場末のスナックでバイトをして毎日３時間しか寝ていなかった。そんな生活を続けられたのは、好きな男がいたから。
でも、その男は結婚するといってあいのもとを去った。
誰かの役に立ちたいとか、そんな立派な理由であいは医者を目指したわけではない。ただ、あの生活から逃げ出したかっただけ。

ある日、Miss Kという著者の『令和の口裂け女』という作品がネットの小説サイトに投稿されていた。
ジャックポットという男から、「この小説のモデルはあなたか？　それなら自分が誰だかわかるだろう？」とMiss Kに連絡が入る。Miss Kは無責任な返信を送った。
ジャックポットはあいのもとに現れ…。