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三題噺もどき

自己懺悔

作者: 狐彪

三題噺もどき―ひゃくよん。

 お題:忘れられない・図書館・贖罪




 シン―とした静かな空気の中に、本特有の独特な香りが混じる。

 周囲には、新聞を読むお年寄りや、勉学に励む学生、楽しそうに本を探している女性―それぞれがこの空間になじみ、楽しんでいた。

「……、」

 私もその中の1人―になれているかは分からないが、一応今だけはこの空間の住人を名乗らせてもらいたい。

 しかしまぁ、ここに来た理由がなぁ…他の人と比べてしまうと何とも申し訳ないような気持になるようなものだから、少々烏滸がましさは残る。

 同じような理由の人も居なくはないだろうけど。

「……、」

 口にするのも憚られる、ここが一番涼しい場所だからというそれだけの事。

 新聞を読むためとか、何か調べ物をするためとか、お目当ての作品を探しに来たからとか、そんなものではないのが、残念極まりない。

「……、」

 しかし、仕方あるまい。

 家から追い出された以上、外に居続けるなど、この酷暑の中では無理難題であるし、かと言ってカラオケや映画館など金のかかる所には行きたくない。―というか、行けない。金ないし。

 だから、ショッピングすることもできない。

 そもそも、買い物自体が苦手分野である。

「……、」

 できることなら、部屋に引きこもっていたいのだが、それを母が許してくれなかった。

 だから、この涼しくて且つ無料で利用できて、他人との接触もそこそこ少ない図書館にやってきたのだ。

 書店や漫画喫茶という手も無くもないのだが、どちらも金がかかる。

 いや、書店のほうは別に買わなければいいのだが、見ると買いたくなるので行けない。

 金はなくとも、本は欲しいものである。

 それなりに、本を読むことは好きではあるので。

 その点も相まって、この図書館という場は、逃げ込むには最適の場所だった。

「……、」

 だが、今はこれと言って本を読む気にもならない。

 それでも、ここに居座るには何かしらを読んでいるフリでもしていないといけないような気持ちに襲われる。

 だから、入館と同時に手近にあった面白そうな本を取って、隅のほうに1人座っていた。

「……、」

 ペラ―とページをめくってはいるものの、何一つ頭に入ってこない。

 本に集中することができない。

 以前はこんなこと造作もなかったのに。

 先に伝えたように、私は読書は好きなのである。

 一時期は趣味の一つとして公言していたぐらいである。

 我が家にだって、それなりの量の本が積まれている。

「……、」

 それが困難になったのはいつからだったか。

 その理由も、きっかけも嫌というほど分かりきっている。

 けれど、それに今一度目を向ける余裕は私には無い。

 それが原因で今の”引きこもり”状態に至ってしまっているから。

 今日は見かねた母にたまには外に出ろとつまみ出されたという次第だ。―まったくひどい母親だ。

「……、」

 それでも、一度そのことに接触してしまった私の思考は、その原因に、その理由にー大事なあの人の思い出に溺れ始める。

「……、」

 嫌だ。 思い出したくない。 やめてくれ、

 ―そんな思いとは裏腹に、楽しかった、美しかった、忘れることのできない記憶たちは波のように襲ってくる。

 己が罪を認め、贖罪をせよと、言い聞かせるように、言い負かすように、記憶が、嵐のように、頭の中で荒れ狂う。

「――、」

 息が、こんなところで、誰も助けてくれやしないのに。

 大事なあの子を助けられなかった私が、他人に助けなど求めてはいけないのに。

 忘れられもしないくせに、忘れて逃げようとする私なぞ、見捨てられて当然の存在なのだ。

「―――、」

 こうなりかねないから、外には出たくないのに。

 ただでさえ、自分の存在など認められない私が、他人からの存在を許されていないということに気づかされて、息ができなくなってしまうから。

 周りに他人がいると、1人でいたいのに、1人は嫌だと思ってしまうから―1人でいられなくなってしまうから。

「――――、」

 せめて独りで苦しんだあの人のように、いやそれ以上に私は1人で、独りで苦しむべきなのに。

 それでも、他人を求めてしまうから。

「――、」

 頼むから、誰も来ないで。

 気づいても無視をして。

 見て見ぬふりをして。

 助けたいと思っているのなら、助けないで。

 それが私にとっての救いだ。

 いま私は、あの人にために贖罪をしているんだ。

 だから、どうか、

「――――、」

 あぁ、よくない。息ができない。 頭が回らなくなってきた。

 落ち着け、終わったことだ。 あれはもう、終わってしまったことだ。

 今更後悔をして、罪を認めて贖罪したところで、何も変わりはしない。

 あの人は、何よりも大切で、私の命よりも大事にしようとしていたあの人は、もう私のもとへは帰ってこない。

 それもお前が悪いのだ。

 あの人の声を聴こうとしなかった、私が悪いのだ。

 それはもう十分わかっているだろう。

 忘れられない、忘れたくないあの人は、もう戻ってこない。

「   。」

 何かが切れたような気がした。

 プツンーと。

 私の中で、何かが、



「――!」

 どうやらあの後、意識が落ちてしまっていたようだ。

 目を開くと見知らぬ天井が広がっていた。

 あそこにいた誰かが、お優しいことに私をここに運んでくれたのだろう。

 頭を動かせば、医務室のような場所に寝かされていた。

「……、」

 ゆっくりと体を起こす。

 その気配に気づいたのか、この部屋の主であろう人が、静かに近づいてきた。

「大丈夫ですか?あなた、図書館で倒れたんですよ、」

 心の底から心配していると、そういう演技をしているような、そんな顔でこちらをのぞき込んでくる。

 平気だと、声を出そうとしたが、他人と話す事を拒んできた私の喉はうまく動かなかった。

「……、」

 頭を縦に振ることで、彼女にその意を伝える。

「そう?それならよかった、」

 そう言い残すと、彼女はどこからかバインダーを持ち出し、私に手渡す。

 そこには、名簿表のようなもの。

 名前の書かれていない、まっさらなもの。

「それ書いたら帰っていいよ。荷物はそこね、」

 それだけ言って、どこかへと行ってしまった。―さっさと書いて、帰れということか。

 今が何時ぐらいかは分からないが、おとなしく帰るとしよう。

 これ以上外にいると、私は死にたくなってくるかもしれないから。


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